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「此処に・・・」
「え?」
グレイスは絵の上の方を指差して小さく言った。
「此処に雲を描いてはどうかしら。」
「雲?」
「ええ、此処が昔の地球のように美しい星ならば、きっと空に雲が浮いている。空は青くて・・・この辺りに湖があって。」
ちょっと笑う。
「湖と言っても、黒く濁った水のある湖じゃなくて・・綺麗に澄んだ水の・・・」
ミハエルはそれを聞いて、スケッチブックの紙を1枚めくった。サラサラと鉛筆で描き始める。今見えている火星の大雑把な輪郭を描き、色鉛筆を握った。
「此処に湖?」
グレイスは頬を紅潮させ、小さく頷いた。
「ええ。綺麗に澄んだ水の。」
ミハエルが、蒼い色鉛筆で湖を描きこむ。
「空は・・・やっぱり青いんだよね。」
少し薄い青で空を塗る。その色は唯青いだけでなく、濃い色から薄い色へと描かれて・・・・
「雲はどんな感じだろう。」
「私、一度写真を見たことがあるの。雲はふわふわとした感じで、空にぽっかり浮いていたわ。」
「こんな感じ?」
ミハエルが雲を描きこんでいく。
「そう、そんな感じだった。」
嬉しげに自分の隣ではしゃぐグレイスを見て、ミハエルは自分の心が、喜びで満たされてくる気がした。
私の絵で、こんなに喜んでくれる人がいる。
「この辺りに大きな林を描いて・・花も描きましょうよ。」
ミハエルはグレイスの言葉を聞きながら、絵を描き進めていった。
いつの間にかミハエルのスケッチブックに、美しい景色が広がる絵が描かれていた。
「綺麗・・・」
出来上がった絵を見つめ、グレイスが小さく呟いた。
「司令官が見たパラレルワールドの地球は、こんな感じだったのかしら。」
「そうかもしれないね。」
「ミハエルさん、絵が上手なんですね。」
「いえ、そんなことは。私の絵は趣味みたいなものですから。」
グレイスが笑った。
「趣味って、そんな謙遜しないでください。この絵、凄く綺麗です。基地の中にこんな絵が沢山あると、きっと此処の暮らしも、今よりずっと良くなると思いますよ。」
こんな絵でも、役に立てるのだろうか。此処にいるみんなの・・・・
司令官に言われた。絵でみんなの心を慰めてほしいと。
よし、やろう。私は力の限り、みんなのために絵を描こう。
2人はそれからも頭を寄せ合って、絵を描いた。見たことのない美しい地球を思って。
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