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惣一郎(ソニー)、素晴らしい決断だ」 電話の相手、アメリカ大統領ダニエル・タロットはしわがれ声を絞り出している。如何にも親しげな口調だ。タロットは上総が北の総書記の無意味な挑発に乗らなかったことに満足している。タロットは上機嫌であった。 「挑発に乗ってはいかんぞ。あの愚かなロケットマンは大陸間弾道ミサイル発射の口実を欲しがっているのだ。乗せられてはいかん。乗せられて馬鹿を見るのは我々だからな」 何が親友だ。おまえを親友と思ったことなど一度もないぞ。よくも白々しく親友などと言えたものだ。卑怯にもCIAを通じて因幡を影であやつり、何食わぬ顔でこの俺を排除しようとしやがったくせに。てめえの偽りの友達ヅラにはうんざりだ――などと米国大統領タロットを相手に本心を言えるはずもなく……。 上総はため息しながらも「ああ、そうだな」と声に出して、電話の向こうのタロット大統領に頷いてみせた。 「一触即発の事態だけは避けねばならん。戦争はいかんぞ、惣一郎(ソニー)」 ダニエル・タロットは一見すると酷く好戦的に見えるが、その実はまるで違う。歴代のアメリカ大統領の中でも、特にダニエル・タロットは軍事侵攻というものに極めて消極的である。アメリカは長い間、唯一の超大国としての責任のもとに世界の警察としての役割を果たしてきた。たとえそのためにアメリカの若者たちの尊い生命が失われようとも、アメリカは世界の警察としての責務に対して極めて誠実であった。恒久平和主義を言い訳に安全な場所でぬるま湯にどっぷり浸かり、カネを山ほど払ったのだからそれでいいのだろうと開き直ってきた旧日本国とはまるで異なる勇猛果敢な国家であった。それがアメリカ合衆国だった。そのような伝統を根底から覆したのがダニエル・タロット以降の新しいアメリカだ。自国だけが繁栄すれば他国はどうでもよい。露国の軍事侵攻を事実上黙認し、中国の傍若無人な覇権主義を放置。北の核武装と大陸間弾道ミサイルの発射実験を黙認し続けた。その煽りを食らって、上総の国の時計の針は絶滅寸前わずか二秒前を指している。もはやアメリカの核の傘をあてにしていい時代は当の昔に終わりを告げたのだ。
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