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「おい、てめえら」
日向はルームミラー越しに後ろのふたりを一瞥し、凄みの効いた声を発した。
「しくじるんじゃねえぞ」
チンピラふたりは「押忍」と、気の抜けた返事をした。
「しくじったら刑務所だぞ。てめえら、わかってんのかよ」
日向は鬼の面相となっている。
「お、押忍」
チンピラふたりは泣き笑いしている。
「もしも叔父貴が懲役を食らうようなことにでもなったら誰の責任だ。てめえらだ。ぜんぶてめえらの責任だからな。そうなったら、俺はてめえらを絶対に許さねえぞ。刑務所に逃げても無駄だからな。俺は刑務所の中まで追いかけて行って、必ずてめえらをぶち殺してケジメをとる。だから、殺されたくなかったら、せいぜいしくじらねえように覚悟して掛かれや。わかったか」
叔父貴が懲役――という日向の言葉に、上総はギクリとして跳び跳ねそうになったが、平静を取り繕って真っ直ぐ前を見続けた。
「覚悟して掛かれや! わかったか」
日向が繰り返した。
「押忍!」
後部座席のチンピラふたりは、酷く情けない泣き顔となって、深々と頷いた。
「では叔父貴、行きますよ」
「押忍」
上総は、後部座席のチンピラふたりの口調が無意識のうちに移ってしまったのか、まるで身分に釣り合わぬ間抜けな返事を返してしまった。
日向の顔を覗き込んでみる。何も気にならなかったらしく、日向はひたすら前を向いて、顔を険しくしている。
上総は咳払いをしながら首を捻った。首の関節が、コキッという軽やかな音を鳴らした。
日向はハザードを消して、人が歩くほどの速度でハイエースをゆっくりと進行させた。
八丈との距離が狭まってゆく。八丈はチノパンに黒っぽいシャツを合わせている。八丈は彼自身の足下を見つめながら、官舎を目指して黙々と歩いている。
八丈との距離がゼロとなった。
日向はブレーキを踏んだ。ハイエースが路上に停まった。前後には接近してくるクルマの影はない。
スライドドアが乾ききった音を鳴らしながら、乱暴に開け放たれた。車体の左側から、チンピラの片割れがムササビのように飛び出した。八丈は見るからに驚いて飛び上がりはしたが、辛うじて悲鳴の類いは上げなかった。
「クソポリがあ!」
チンピラは憎々しげな言葉を怨念たっぷりに吐き出しながら、八丈の下腹部に膝蹴りを食らわした。苦痛に顔を歪め、たまらず身体を折り曲げた八丈の後頭部に、チンピラはブラックジャックを振り下ろした。
「おらあ! おらあ!」
チンピラのブラックジャックが八丈の後頭部と肩に何度もめり込んでゆく。やがて気を失ったのか、八丈はゴム人形のようにグンニャリとなった。
もうひとりのチンピラが手を伸ばし、八丈をハイエースの車内に引きずり込んだ。
チンピラはブラックジャックを握り締めたまま、八丈の尻を蹴り飛ばした。それからチンピラは後部座席に飛び乗った。
スライドドアがまだ閉まり切らぬうちにハイエースは急発進した。前後左右のタイヤが加速によって路面を削り取り、派手な金切り声を上げた。ハイエースは現場から走り去った。辺りは深海のような静寂に支配された。
警察署からわずか三百メートルの場所でこのような事件が起きることはまるで想定されていなかったのだろう。犯行の一部始終を捉えることが可能な監視カメラの類いは、現場周辺にただのひとつも設置されてはいなかった。八丈尊巡査の身柄は、人知れず暴力団倭組の手に落ちたのだった。
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