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上総惣一郎の一味が八丈尊巡査を運び込んだのは、古い鉄工所であった。今は操業しておらず、廃墟となって久しい。 上総は口をへの字に結んで閉じたまま、日向の語る言葉に耳を傾けている。 「十年ほど前でしたかね。この鉄工所の持ち主が資金繰りに行き詰まって、ちょうどこの場所で首を吊って死んだんですよ。それ以来、この鉄工所は荒れ果てたまんまなんです。ちなみに、この鉄工所の持ち主を自殺にまで追い込んだのはうちの組です。若頭になる前のチンピラだった河内さんが容赦なく追い込みをかけまくったらしいですね。と言っても、十年前当時、俺はまだ中学生でしたから、詳しいことはよく知りませんけどね」 ランタンひとつが照らすだけの薄暗がりの中、日向は語り続ける。 「ここはマジで幽霊が出るらしいですよ。Uチューバーの中でも、肝試しと称して不法侵入を繰り返すような低レベルな連中にとっては、まさに最高のロケーションですよね」 鉄工所跡の周辺には人家もなく、背後には雑木林が拡がっている。Uチューバーたちが肝試し動画を撮影するために深夜訪れたりする他には、この廃墟を覗きに来るものさえない。 「Uチューバーが来ると言っても、それも真夜中になればの話ですから」 日向のにやけ顔が、ランタンの灯りを受けて揺れている。 「今は、ええと」 日向は左腕のカシオGショックのライトを点灯させて、文字盤に浮かんだ数字を読み取った。 「十九時少し前か。真夜中まで五時間もありますからね。怖いものなしの罰当たりなUチューバーたちも、ここにはまだ来ません」 上総と日向は今、潰れた鉄工所内の事務所跡にいる。 鉄工所の構内の天井付近の高所に、かつて事務所として使われていた部屋がある。 構内の屋根は高い。作業場から事務所へ上がるには、鉄製の裸階段を、踊り場を経て何十段も上がらねばならない。かつて事務所であったその高い場所には埃がうず高く積もり、辺りにはネズミの死骸やゴキブリの死骸が散乱していた。Uチューバーたちの中でも特にマナーのなっていない低俗な連中が食い散らかしていったスナック菓子や、ドーナツ、ハンバーガー、それにフライドチキン等に集った害虫や小動物の成れの果てを眺めながら、上総惣一郎は奇妙なタイミングで「うむ」といった気のない返事をして、軽く頷いた。 八丈尊巡査は、階下の作業場の一角に閉じ込めてある。近眼の八丈から眼鏡を奪い取った上でチンピラふたりに見張らせているから、逃げられる心配はない。
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