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「日向」
上総は言った。
「おまえに仕切らせるつもりだったが、やはり俺が考えた通りに動いてくんねえか」
「と言うと?」
日向は、訝しげな顔で上総を見た。
日向の書いた台本では、八丈尊巡査を暴力の恐怖でねじ伏せ、おそらく五百万円はあろう貯金をすべて吐き出させ、オサカベが返済を拒んだ八千万円の代わりとして組のメンツを保つということになっていた。だが結局のところ、八丈巡査が必死に貯めたカネを横取りしたところでオサカベ問題の根本的な解決にはならない。上総惣一郎はやはりオサカベという怪物の存在を捨てては置けなかった。
「俺たちはオサカベに仲間を三人も殺されている。しかも俺は、目の前で半グレたちが面白半分に皆殺しにされるところまで見せられた。このまま引き下がっていたんでは漢のメンツが立たねえ。俺はオサカベという怪物を葬り去りたい。そのためには、オサカベをもっとよく知らなきゃならないんだ。だから八丈にオサカベのことを洗いざらい喋らせたい。八丈はオサカベの連帯保証人になるぐらいだから、オサカベとはそれなりに深い関わりがあるはずだ。五百万やそこらの端金を奪うよりも先に、俺たちはオサカベという化け物のことを徹底的に知るべきだ。なあ、そうじゃねえのか、日向よ」
「なるほどね。もっともです」
日向は納得したようである。
「俺たちは借金取りである前に、ヤクザですからね。化け物だろうが何だろうが、オサカベを野放しにはしておけませんよ。この街は俺たちの街です。化け物の好きにはさせておけない」
「台本は考えてある。と言っても、さっき考えたばかりだがな。というわけで日向、俺の台本通りに動いてくれや」
「叔父貴に従いますよ」
「よし。まずは俺たちの役柄だが、俺は一見すると慈悲深くて良いヤクザだが、実はイカれポンチのヤバいやつ。おまえは見たまんまの悪どいヤクザ。族上がりのふたりはただの使い走りの脇役。これで行くぞ」
上総は、先ほど思い描いたばかりの台本について、詳細に語り始めた。日向は真剣な眼差しで、それを極めて正確に記憶していった。
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