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事務所の床に置いたランタンが、男たち五人の姿を薄ぼんやりと照らし出して壁一面に影を浮き上がらせていた。
日向は腕を組んで、壁に映し出された暴走族上がりのチンピラふたりの黒いシルエットを見守っている。
上総は日向の視線を辿る。
日向の視線の先で、チンピラふたりのシルエットが「おらおら」言いながら八丈巡査のシルエットを踏みつけたり蹴り飛ばしたりしている。
壁に映ったシルエットから視線を斜めににずらしてゆくと、廃墟となって荒れ果てた事務所の真ん中辺りで、チンピラふたりの実体が八丈巡査の実体を蹴り飛ばしている様子がランタンの灯りにゆらゆら揺れていた。
「くそポリが! 死に腐れ!」
チンピラふたりの硬い靴底が八丈巡査の尻や肩を容赦なく踏みつけている。
八丈の眼鏡はあらかじめ奪っておいた。奪い取ったそれは、ハイエースのグローブボックスにしまってある。
理由はふたつ。
ひとつは八丈の逃亡を困難にするため。近眼の八丈は、眼鏡がなければ暗闇を素早く動くことが出来ない。
もうひとつの理由は眼鏡を凶器とさせぬため。眼鏡を握り締めて、顔面や首などの急所を突いたり、引っ掻いたり、引き裂いたり、それを手にした者がその気にさえなれば、眼鏡は恐ろしい凶器となりうる。刑務所暮らしが長い上総は、受刑者同士の殺し合いをいやというほど見せられてきた。刑務所内では常に誰かが殺されている。それらはすべて事故死や病死として処理される。事件として警察の捜査が入ることはない。刑務所の体面を保つために、塀の中で発生した殺人のすべては闇の彼方に隠蔽される。
上総は眼鏡を恐れている。
刑務所内での殺傷でよく使われる凶器が眼鏡なのだ。上総は刑務所暮らしの経験上それを身をもって知り抜いている。だから上総は日向に命じて八丈の眼鏡を取り上げさせ、それからハイエースのグローブボックスに仕舞い込ませてから、厳重にドアロックまでさせたのだ。
「クソポリが!」
日頃の溜まりに溜まった鬱憤のすべてを現職警察官の八丈尊にぶつけるべく、いきり立ったチンピラふたりのタコ踊りが止まらない。
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