拾壱

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西の空に太陽が大きく傾いている。 赤く染まる天空をふわりふわりと漂いながら、阿多は何を見るともなく地上をぼんやり眺めている。 風が冷たくなってきた。 そろそろ帰途につくべきかも知れない。京本と出逢い、そして別れてから、すでに一時間あまりが経過していた。阿多はゆっくりと降下して高度を下げていった。 眼下にひろがる念京の街が、細かなミニチュアから現実感を伴った大きさに拡大してゆく。 網の目状にひろがる道路には、数多の自動車がびっしりと隙間なく列なってひしめき合っている。 ある一台の車両にふと注意を払い、 「どうにもあれは奇妙だぞ」 と阿多は思った。 交通の流れに限らず、世の中のありとあらゆるものには、放っておきさえすれば自然発生的に一定の調和が出来上がるのだ。調和をリズムと置き換えたほうがわかりやすいかも知れない。 あれはいつの日のことだったか。荒木少佐は阿多総に言ったのだ。「調和を乱す存在を見逃すな。爆弾テロリスト、禁制品の密売人、変質者、その他のありとあらゆる犯罪者というものは、目の前にひろがる環境に自然発生的に構築された調和を乱す。周辺と違う動きをしている人物や車両の存在を絶対に見逃すな。周りから浮いた動きをしている人物や車両は爆弾テロリストと思え。仮にテロリストじゃなくとも、そのように浮いた動きをする存在は何らかの犯罪に関わっている可能性が非常に高い」 阿多の眼下にひろがる景色の中で、一台だけ浮いた動きをしている車両がある。 黒いワンボックス車だ。車両そのものは珍しいものではなく、ごく一般的に流通している普通の商用車である。念京都内だけでもかなりの数が登録されているはずだ。阿多の目にも馴染み深い普通のクルマだ。しかしその挙動はとにかく不審であった。明らかに交通の流れから大きく逸脱しているのだ。
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