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クラウドファンディング
「だがなあ、多田。お前のいうことにも一理あるのだろうが、それじゃ収まりがつかんだろう?」
犯罪グループの裏金を盗む。そんなことができたとして、お前はそれで生きていけるのか?
社会がそれを許すと思っているのか?
「お前自身の納税義務とか、どうする気だ? 脱税する気か?」
「納税しますよ、もちろん? クラウドファンディングを利用するつもりです」
「クラウドファンディング?」
「はい。たとえば、養護施設に車椅子を寄付するという目的のプロジェクトを立ち上げます。そこに寄付してもらうんです」
いったい何の話だ? 裏金を盗むという話のはずだが。
それがどうして寄付の話になる? 誰が寄付するというんだ?
「犯罪グループの隠し金口座から寄付してもらうんですよ」
「そんなことするわけが……」
多田はにやりと笑った。
「だから、セキュリティがざるだといったでしょう? ネットバンキングで操作するくらい、軽いもんです」
「泥棒じゃないか?」
「見解の相違です。それは持ち主がいない資源です。無主物は発見者、発掘者の所有物となります」
無茶をいいやがる。ヤクザがそれで黙っているわけがないだろう。
「送金先をたどられたら、おしまいじゃないか」
「やつらのレベルじゃ無理ですね。隠し口座からクラウドファンディングの入金先までの間に、いくつかダミーの口座を挟みますから」
警察ならともかく、民間人に対して銀行は顧客情報を明かしたりしない。確かに普通のやり方では追跡できないだろう。
そして、犯罪者グループが盗難の被害届を出すはずがない。公権力が介入することはあり得ないのだと、多田はいった。
「もちろんNPOとしての社会奉仕はきちんとして、僕は真っ当な報酬を『業務委託料』としてNPOから頂きます」
それなら成り立ってしまうのか? ハッキングの技能を持つ多田には、隠し資産をマネーロンダリングして私物化することができるというのか?
これ以上のことは、一介の教員に過ぎないわたしには判断できない。
しかし、それでも……。
「それでもだ。もし、やつらが金の流れを追ってお前までたどり着いたら、そのときはどうする?」
反社の怖さを多田は知っているのか? ネット上の行為などではない純粋な暴力、その恐ろしさを味わったことがあるのか?
反社の怖いところは「法を犯すこと」を前提としていることだ。末端構成員に実行を命令し、検挙されれば経済的に「その後」の面倒を見る。それがシステムとして成り立っていることが、一般人にとって脅威なのだ。
本気になった反社を止めることはできない。わたしの胃がキリキリと痛んだ。
内心冷や汗をかく私のことなど気にならぬ様子で、多田はごしごしと両手で顔をこすった。
「大丈夫です。僕、海外に住むつもりなんで」
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