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「好きだなあ」
「えっ?」
「え?」
「なにが?」
「え、いや、だからこれ」
「あ、なんだ、それか」
「沢、どした?」
「いや、なんでも」
飯島は学生時代から好きだと言っている作家の本を夢中になって読んでいた。小説らしい。
「やっぱさ、活字っていいんだよ。時間を忘れて没頭できるっていうかさ」
「俺は眠くなるなあ」
「お前は昔からそうだよな」
「うん、俺はもっぱら音楽」
「ああ・・・・・・ヘビメタル?」
「デスメタル!」
「ほんと、それだけは理解できない」
「ほっとけよ」
親友で同僚の飯島瞬の趣味は読書、俺はデスメタルが大好き。今日は日曜、俺の部屋に遊びに来てごろごろしている。飯島はせっかく来たのに、さっきから本ばかり読んでる。と言っても他にはゲームするくらいしか娯楽はないのだけども。
「沢ってまったく本読まないの」
「漫画なら」
「漫画は入りません」
「絵がないとおもしろくない」
「子供か」
「仕事でややこしい書類を読み込むだけで腹一杯」
「お前らしいな」
「それよりゲームしようぜ。今日は負けねえぞ」
「それはどうかな」
飯島はふふんと笑った。こいつはゲームも強い。文系なんだか理数系なんだか。
「あーーーーまた負けた!」
「これで十勝」
「えっ、そんなになる?」
「十五勝でおごりな」
「うええっ」
俺のゲームなのにここのところ連敗続きだ。いや、最近勝った記憶がない。
「おごりってなんだよ、あんま高いものはだめだぞ」
「わかってるって・・・そうだな、じゃあこの作家の来月出る新刊買ってくれよ」
「いくら?」
「800円くらい」
「えっ、俺の昼飯より高い!」
「ははは」
「飯島、昼飯我慢して本買ってんの?」
「そんなことしてねえよ」
「ほえ~・・・」
「お前だって好きなアーティストの新しいアルバム出たら買うだろ?」
「買う!」
「いくら?」
「初回限定版なら・・・DVDつきで8000円とか」
「そっちのがよっぽど高ぇわ!」
「あはは、ほんとだ」
「それだけお前にとって価値があるってことだろ?俺はその価値観を本に感じるってこと」
「そっか~、価値か~、すげえな飯島って」
「・・・・・・は?」
「理路整然と説明できるの尊敬するわ」
「このくらいは高校生でも出来るぞ」
「あら、そう?」
「お前仕事出来んのに、変なとこ幼いっていうか、あほだよな」
「いやあそれほどでも」
「そういうとこな」
俺たちはあははは、と笑いあった。
ゲームが終わって俺たちは並んでテレビをぼんやり見ていた。そんな折り、ちょうどよくお勧めの本を紹介する番組が流れ始めた。日曜日の午後のおしゃれな情報番組だ。
画面を見たまま、ぽつりと飯島が言った。
「・・・やっぱ好きだ」
「え?ああ、この作家だっけ?」
飯島の推し作家の名前は読み方が難しくて覚えられない。というかそもそも作家の顔も知らないので、テレビで紹介されているおっさんがその人なのかどうかも実は俺はわかってない。
しかし飯島は「そっちじゃねえよ」と笑った。
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