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からっぽ。
「なんで私を裏切ったの!?」
私は夫を突き飛ばした。
だが、夫は私の両手を掴んで、私を封じ込めた。痛い。
「やめて! 離して」
私はみじめに抵抗した。そんな私を夫は冷たい眼差しで見た。裏切ったのは夫の方なのにどうして私が責められるような形になってしまっているのか。私は自分の行動の虚しさに絶望しつつも、抵抗を続けた。
「わかったよ……」
夫はとうとう諦めて、掴んでいた私の手を離した。解放された私は、まっすぐに夫を見た。夫は、私から顔を背けた。沈黙が私たちを包んだ。
つけっぱなしのテレビには、バラエティ番組が流れていた。その番組では、可愛い顔をしたアイドルの女の子がお笑い芸人たちに対して笑顔を振りまいていた。
「君を裏切ったのは、悪いことをしたと思ってる。だけど、俺たち、もう終わってただろ?」
私は、思わずリモコンを手に取ってテレビを消した。
「聞きたくない」
リモコンを乱雑にソファに投げ捨てる。そもそも、どうしてこんなことになったのか。
夫の浮気を突き止めたのは、スマホのメッセージアプリからだった。追求したらすぐに夫は事の次第を白状した。結婚5年目の浮気だった。最低だ。しかも、夫は開き直って、「離婚しよう」と言い出した。それはつまり、すでに私に対しては愛がないことを示していた。
突き止めてはいけなかった? 気づいてはいけなかったのか? 無視して何事も無いように通り過ごす、やり過ごせばよかったのか? 私の愛、夫の愛、夫婦の愛、それらは全部幻想だったのか? この結末は、あまりに酷い。
私が信じていたものは、一体なんだったのだろう。
結婚しても子供ができなかったのがいけなかったのか。でもそれは仕方のないことだと一緒に悩んで、子供は諦めるという結論を出したのではなかったか。
そのこともあって、お互いに仕事優先の日常になっていた。それがいけなかったのか。でもお互いのペースを尊重した結果だったのではなかったか。尊重した結果、裏切られる。相手の女を「泥棒猫」と罵りたくなった。だけど、それは私のプライドが許さなかった。
「それじゃ、とりあえず、俺、出て行くから」
夫は、そう言ってスマホと財布と車のキーを持ってリビングのドアを開けようとした。
「とりあえず、って何?」
「だから。とりあえず。荷物とかはあとで取りに来る。だけどもう顔もみたくないだろ?」
夫は冷笑した。私はなぜか負けていると感じた。悪いのは夫のはずなのに。夫は、新しい愛を見つけ、私は一人、捨てられる。それが無性に腹立たしかった。
「出て行く前に、一つだけ。テレビつけていって」
夫は私の言葉に不思議そうにしながらも「はいはい」と従う感じでリモコンを拾うと、テレビをつけて、リモコンを私に渡すと、ドアを開けて、この家から去って行った。
私は一人ぼっちにある。テレビ番組が流れている。先ほどと同様のバラエティ番組だ。芸人のイジリに対して、アイドルの女の子が笑顔を振りまいている。
私は、テレビを見ながら、このアイドルの女の子の真似をして、笑顔を作ってみた。
ああ、これが、《からっぽ》っていうことか。
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