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「久々だから、うまくできるかな」
背後から視線を感じて、ピッチャーをもつ指先が震える。動揺を悟られたくないという焦りも重なって、注いだミルクが波打った。
彼の気配を、すぐ後ろに感じる。
「やっぱり手つきが慣れてますね」
独り言にも似た低い声がつむじを撫でた時、うなじから襟元へと掻痒が広がっていき、半田はそっと身じろぎをした。
エスプレッソショットを落とし、スチームの量を調整しながら、慎重にカップへと注いでいく。
「できた」
どうにか完成したそれをカウンターに乗せて、元の席に戻るよう促した。
横並びになり、彼が「いただきます」と言ってからカップを持つ。
瞬間、半田はやや緊張した。
陣内は、マグカップを微かに揺らしてから、こちらを弄ぶようにゆっくりと口をつける。
「重さが全然違う。ちゃんとラテだ。やっぱりおいしーなぁ、半田さんのラテ」
「なんだよ、やっぱりって」
まるで味を知っていたかのような言い方だ。
「動作が丁寧ですよね。正確だし」
半田は中途半端に相槌を打ち、褒め言葉らしきそれを受け流した。
「丁寧だからっていいわけでもないけどね。俺は陣内君のその感じがうらやましいけど」
「その感じって?」
「自由で大胆な——枠にはまらない感じ?」
それ褒めてますー?
陣内は天井に向かって口を開け、煙でも吐き出すかのように笑った。
陣内と、なぜこんなふうにコロコロと笑い合うことができるのか。その理由は明白だった。
彼は比較対象ではない。
敵対関係でもない。
それこそ、枠になんてはまらない。
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