347人が本棚に入れています
本棚に追加
「あのさ、どうする?」
「どうするって?」
「果乃のこと……」
半田は、淡い幸せを押し殺しながら言った。
陣内と企てている計画とやらが具体化していないので、果乃との関係も宙ぶらりんになったままだ。
仕事を理由に、最低限のやりとりだけを継続しながら、まだお茶を濁している。
しかし、そう長くはこうもしていられないだろう。計画を実行するにしろしないにしろ、なるべく早く、きっぱりと終わらせたかった。
その是非を、彼に問う必要があるわけではないが———
「その話、今しなきゃだめですか?」
陣内はキャップを取り、つばをいじりながら俯いた。
しぶられたのは予想外だった。
「だめって、計画立てるために呼んだんじゃないの」
「違う」
彼はスマートフォンを手元のマグカップにかざし、シャッターを押した。
そのまま画面を操作し始めたので、半田はなんとなく返事のタイミングを逃してしまう。
つられて自分もSNSのアプリを起動してみると、予想通り、陣内は今の写真を投稿していた。
「いままで飲んだ中でいちばんおいしいカフェラテ。完敗!」という一言を添えて————
「また匂わせてるの」
「そー。ぷんぷんしてるでしょ」
「果乃にというよりは、よっしーにばれちゃうんじゃない。背景とかで」
「いいよ別に」
彼が髪を耳にかける仕草に気を取られながら、半田は相槌を打った。
「適当だなぁ」
「ほら、自由で大胆ですから」
彼が放った皮肉に重なるように、耳元でシャッター音が鳴った。
顔を上げると、スマートフォンのカメラと目が合う。
「いま、俺撮った?」
「撮りました」
「アップしないよね」
不安そうに聞こえたのか、陣内がカラカラと笑う。
それを目にして、平静を取り戻しつつあった鼓動が、またざわめき始めた。
痒くて、痛い。
どうしていいかわからず、持て余した指先でスマートフォンを彼に向けた。
頬杖をつき、バーカウンターのほうを向く横顔を捉えると、彼もこちらを向いた。
「なんで撮ったんですかー」
「お返し」
言うと、やたらと嬉しそうに表情を崩して笑う。
この今の表情をもう一度、カメラに収めたいと、半田は思った。
しかし同時に、その純粋な欲求が恐ろしくなる。
「今日はありがとう」
だからあえて、話を切り替えた。
「うん。俺も逆にごちそうさまでした」
「わざわざお礼なんて気にしなくてよかったのに。律儀だなぁ」
理由をはっきりさせなくてはいけないような気がした。
彼が自分を呼び出したのは、お礼をするためだと。
しかし彼は、半田が決めつけるように発した一言を、きっぱりとはね退けた。
「俺が半田さんに会いたかっただけだから」
半田は口をつぐんだ。
掻痒はすでに、全身を蝕んでいる。
「待っててください。次会うときはかならず、プランC考えときますから」
退路を断たれ、熱に浮かされながら、ひとりぎこちなく頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!