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5
着信画面に陣内の文字を確認した時、迷いが生じた。
日中の勤務を終えて帰宅し、ようやくわずかな余白が生まれたばかりだったからだ。
しかし、着信が響くのと同時に彼の気配がひたひたと流れ込んできては、心の目地を埋めていく。
半田はまだ濡れた髪をフェイスタオルでこすりながら、画面をしばし見つめた後、タップした。
「これから会えますか?」
彼の第一声はあまりにも唐突だった。
「急にどうしたの」
「返事返ってこないし、投稿もなかったので」
今日はあれから一度もSNSを開いていない。昼食の写真も投稿しなかった。
夕方に彼からメッセージの着信通知がきていたが、内容はまだ確認していない。
「ごめん。今日は忙しくて……」
「そっか」
罪悪感を飲み込んで、半田は相槌を打った。
惚けることもできたはずなのに、彼の声を聞くと、そう器用にもいかなかった。
「会えませんか」
「今日はもう遅いし。俺も風呂とか入っちゃったから……」
「じゃあ半田さんちまで行きます」
やんわりと拒絶を匂わせると、ふてくされたような声で食い下がってくる。
「どうしたの。そんなに急な用事なの?」
「会いたいだけだよ」
舌の上で転がしていたわずかな甘みは、彼から吐き出された素直さによって、弾けた。
全身をめぐる血が発泡したような、そんな心地にとらわれ、持っていたフェイスタオルで口元を押さえつける。
「迷惑かけません。顔見て少し話したらすぐ帰りますから」
「少しなら……」
すると、陣内は嬉しそうな声で「わかりました」とだけ言った。
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