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近くまで来ているという連絡を受けてアパートの外に出ると、彼は通りの向こうから、ふらりと姿を表した。
半田に気づくなり、足早に近づいてくる。
「スーツじゃないから、一瞬わかりませんでした」
一応、寝巻きから私服用のTシャツに着替えておいた。
「前髪下ろしてるのもいいですね」
目を細めた彼が、洗いざらしの前髪に触れてくる。
額にざらりとした親指の感触を受け取ると、気の利いた返事などできなくなった。
「半田さんち連れてってください」
陣内の浮かれた声にさらさらと流されるように、半田はつま先を自宅方面へと向けた。
すぐ背後で彼の足音がする。
微かにあいた隙間に互いの熱が挟まり、緊張感を生む。
「今日の半田さん、元気ないですね」
「そんなことないよ」
背後から言われ、慌てて振り返ると、こちらを見下ろす陣内と目が合った。
彼の顔を正面から捉えると、もう認めるしかなくなった。
心にかかった、雲の正体。
それは、果乃が彼を選んだことで生まれたものではない。
彼とは、最初から勝負などしていないのだ。
最初から、彼は———
躊躇が行く手を塞ぎ、半田はドアの前で立ち止まった。
ああ、このまま部屋に入れてしまったら、もうきっとだめだろうなぁ。
漠とした不安を吸収するように、彼が背後にぴったりと重なってきた。
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