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追い込まれるように室内に入ると、半田は彼の熱から逃れるように、脱いだ靴も揃えず部屋の奥まで進んだ。 背後から「おじゃましまーす」という呑気な声が聞こえてくる。 半田は、ラグの上にクッションを敷き、彼の座る場所をつくった。 陣内が腰を下ろすのを待って、自身もテーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろす。 「半田さん、今日のお昼はなんだったんですか」 彼は小さなテーブルに目いっぱい両手を伸ばし、上体を預けた。 左手の指先が、おそらく意図的に、半田の腕に当たっている。 「あぁ、コンビニでおにぎりとか適当に……」 「写真見たかったな」 「いや、コンビニ飯なんて投稿しても面白くないでしょ」 テーブルに手をつき立ち上がりかけると、それを引き留めるかのように、彼の手が自分に重ねられた。 「半田さんのは別ですよ」 「なにが」 「おにぎりが鮭だったのか梅だったのか、そんなことでも気になります」 「別に、鮭でも梅でもない」 すると彼は、重ねた手を握って、半田の指を一本一本、なぞってきた。 「じゃー納豆巻きー?」 咄嗟に誂えたよそいきの殻が、ぽろぽろと剥がされていく。 なにを食べたのかなど、決して教えてやるものかと思った。 「陣内君こそ、何食べたの」 「俺?」 彼はわざとらしく天井を見上げ、まるで覚えていないかのようなリアクションをした。 そして、 「食べそびれちゃいました」 はぐらかされ、こめかみが熱くなる。 彼が自白する気がないならば、もうそれでいい。 自分は別に———— 「なにか飲み物持ってくる」 手をほどいて立ち上がると、その潔さに驚いたらしい陣内が、つられて腰を上げた。 「結局なに食べたんですか。ツナマヨ? 高菜?」 それでもなお懐っこく手首に纏わりついてくる指先を、つい振り払った。 突然の拒絶に、丸い目を瞬かせる彼が視界に入って、ふと気まずくなる。 「どうしたんですか?」 「陣内君には教えてあげない」 彼の影が、背後からのびてくる。 半田は突っ立ったまま、彼に飲み込まれるのを待っていた。
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