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「まあ、俺をフォローしたところで大した投稿もしてないからね」
「あはは、ほんとだ。昼飯ばっかー」
どうやら半田の投稿一覧画面を見ているらしい。笑いながら、独り言のように呟く。
あ、すし。
とんかつー。
あ、蘭々のラーメン。俺もすきー
陣内の無邪気さに、心が漂白されていく。
彼との関係性、今置かれている状況、それから、これから待ち受ける面倒ごと。ふしぎとそれら一切が透過し、薄くなっていくようだった。
ただ目の前の彼という存在。
襖で仕切られただけの小さな個室のなかで、純粋なそれだけを感じていることに、心地よささえ覚えている。
「フォローがだめなら、せめて匂わせましょう」
聞き返す前に、彼はもうカメラを起動していた。
手前のジョッキにピントをあててシャッターを押し、それからすばやく操作をした。
たった今投稿された写真には、手前に梅酒のグラス、奥にビールジョッキが映っている。それからジョッキの背後に、半田の手が微かに写り込んでいた。
写真にはひと言「わるだくみ中」というテキストが添えられている。
「うん、なかなか匂ってるね」
半田が言うと、彼は頬杖をつきながらくったりと笑った。
頬や首は紅潮し、長い前髪の隙間からのぞく瞳は潤んでいる。
煮浸しのような笑顔は、だらしなさも相まって可愛らしい。
まったりと向き合っているうちに、例の計画とやらが頓挫しかけていることに気づいたが、あえてふれずにおいた。
今はこの個室に、彼以外のなにかを持ち込む気になれなかったからだ。
「なんかさ」
「ん?」
「逆に、俺らがいけないことしてるみたいですね」
そう言ってグラスを煽った彼の、見下ろすような視線。
捕らえられた戸惑いを指先から放つため、半田はシャツの袖口のボタンをいじりながら、曖昧に笑った。
表面を覆っていた雑多なものたちが消えてなくなると同時に——自分の中の潜在的なにかが、鮮やかな色を放ちながら浮き出てくる。
それを見みてみようか、それとも目をつぶろうか。
迷いは、スマートフォンのつまらない振動によってふるい落とされた。
通知画面に表示された「果乃」という文字に視線を落とす彼の目は、途端に退屈そうになった。
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