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「ほんとすか」
男は、やけにゆったりとした口調で言った。
今の発言により、その眠たげな目はいくらか見開かれたのかもしれないが、額を覆う前髪のせいで、正確にはわからなかった。
だが、せめて少しでもそうあってほしいと、半田は思う。
衝撃の事実を知ってから1週間、自分はひどく傷つき、うろたえ、絶望していたのだ。
別に痛みを分かち合おうと思って彼を呼びつけたわけではないが、自分ばかりが憂鬱を引きずっているのは、なんとなくフェアじゃない気もする。
「驚かないんだね」
「いや、うーん。驚いたというよりは……」
やけにゆったりと、まるで寝起きのような気だるさを伴いながら相槌を打つ彼を見て、半田は思った。
ああ、完敗だ。
スペックや外見といった、彼の輪郭を形成するものに対してではない。内面という表現も適切ではない気がする。
しいて言うなら、身にまとう余裕とでもいおうか。
彼を前にすると、自分の小ささが際立つような——そんな気後れのようなものが、ついて回るのだ。
「ただ——その、びっくりしちゃって」
たっぷりと間をもうけて、彼は続けた。
頭頂部の浮いた毛を手のひらで押さえつけながら、椅子にもたれかかる。
「びっくり」と「驚く」に、一体なんの違いがあるのだろう——そう思いながらも、半田は組んだ両手に体重をかけて前屈みになり、同調の姿勢をつくった。
「そうだよね。俺も寝耳に水だったから」
「いや、そっちにじゃなくて」
彼の分厚い前髪のわずかな隙間から、黒い瞳が動いた。
「また自分とずいぶんタイプが違うなぁーって、思いまして」
養生テープでぴたりと目張りされたかのような、息苦しさを覚える視線だった。
途端、ネクタイで締め付けられた襟元がますます苦しく感じられてきて、半田は襟元に人差し指を突っ込んだ。
ところが今度は指先に視線を注がれたものだから、逃げ場を失ってしまう。
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