邪道眼鏡に物申す。

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邪道眼鏡に物申す。

 私は、眼鏡をかけている人が好きだ。  薄く張った硝子越しに見える瞳も、ズレを直そうとする時の仕草も。  だけど一つだけ、例外がある。  それは、通称『オシャレ眼鏡』というヤツだ――― 「中原(なかはら)センパーイ! メシ食いに行きましょーよ!」 「遠慮する。他誘って」  毎度毎度のやり取りは、決まってお昼のチャイムが鳴ると同時に繰り返されてきた。  それは今日も例外では無く。 「そこは遠慮しないでくださいよ。そう言わずに、一回くらい付き合ってもらえませんか?」 「では拒否する」 「ひっでえ」  にべもなく返答すると、大げさな抗議の声が聴こえてきた。  人のPC画面上部で項垂れているのは、私の向かいが定位置である後輩の宮野 友幸(みやの ともゆき)だ。  有名大学院卒で、この春からうちに入社した新社会人二十四歳。  短大卒の私と違って彼は総合職なので、今は向かいに座っていても、いずれエリートな学歴よろしく雲の上の人になる。そんなスタートラインから違う人間と、そうそう仲良くしてられないのが人のサガというものだ。  ……来月二十九歳。結婚適齢期。  将来有望とはいえ、五つも下の遊び盛りを相手している暇など正直ないのだこちらとしては。  まあ、見目はよろしいので目の保養にはなるのだけど。  若さあふれる溌剌さ。いい感じに締まった体格に似合う長身。地毛らしい栗色の髪は綺麗に流されていて、顔の造形も整っていると言って差し支えない。 「今日はダメだったけど、いつか必ず一緒にメシ食いに行きましょうね。中原さん!」 「気が向いたらね。いつか。そのうち。遠い未来に」 「……それ絶対無理って言ってませんか……」  こんな軽口を叩ける程度には私も気に入っている。  しかし―――  『その上に掛けている物』だけは、私は気に入らなった。  その日は本当に、もう我慢がならなかった。  彼はまた『アレ』をかけてきてしまったからだ。 「宮野君」 「ん?何ですか先輩。一緒にメシ付き合ってくれる気になりましたか?」 「ちがう……―――その眼鏡、似合ってないわよ」  そこまで言って初めて、私は彼の……人のPCの上から覗く宮野君の顔を見据えた。  言われた当人は、言葉が頭に入っていないのか、きょとんとした顔をしている。  ああ……やってしまった。  言葉を投げて、彼の顔を見て、そしてものすごく後悔した。  言ってしまった。  言ってはいけなかったことを。  けれどそれも致し方ないのではないだろうか。  だって今日の彼がかけてきている眼鏡はなんというかこう、ものすごく『邪道』な物だったのだ―――
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