えんじる、えんじる。

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 *** 「あけましておめでとうございます!」 「ええ、あけましておめでとう」  ご馳走を食べて、テレビを見て、年越しをしてご挨拶。そのあと、伯父さん一家以外の人間はそれぞれ車で家に帰っていくことになる。伯父さん宅のベランダでこっそり煙草を吸ったらしい巧さんも、散々ビールを飲んで酔いつぶれた挙句恵美さんの車で帰って行った。  結局、べろんべろんに酔ったおじさんは息子一家を車で送ることなど不可能で、結局タクシーを呼ぶことになったのだった。本人は“全然へーき”とか言っていたが、歩くのもおぼつかない人に車を運転させるなど論外というもの。何でこう、酔っぱらってる人ほど“自分は酔ってない”という主張に忙しいのだろう。  僕と絵理も、適当なところで挨拶をして自宅に戻ることになった。僕はビールを飲んでしまったので、運転席に座るのは絵理、助手席が僕になる。  軽自動車を出して、国道に出たところで――僕は口を開いた。 「そろそろ、あの話をしてもいいでしょうか?」  彼女もわかっているのだろう。ちらり、とルームミラーを見て“ええ”と頷いた。 「すみません、今日は面倒なことに付き合って頂いて。……特に、佐藤さんご夫婦のことは失念していましたわ。私も、佐藤巧さんの事は全然覚えてなかったんです。奥さんの恵美さんとは、何度かお話したことがあったんですけど……」 「仕方ないですよ、さすがに絵理さんも覚えてなかったことまでは責められません。なんとか誤魔化せたようで、僕も安心しました」 「はい。……本物の夫だったら、あそこで逆ギレしてたかもしれませんわ。ありがとうございます、アキモトさん。穏便に済ませてくださって」 「いえいえ、これが仕事ですから」  そう。  僕は、絵理の――長谷部絵里さんの本当の夫ではない。  変装して彼女の夫を演じているだけの、まったくの赤の他人だ。何故そんなことをしているか?決まっている、それが僕の、僕の会社の仕事だからだ。  誰かから依頼があれば、どんな人間にも変装して演じ切る。お金さえ積んでくれれば、依頼主の目的がなんであれ関係ない。恋人、上司、妻、祖父、弟、息子、孫。場合によっては、死体や幽霊だってなりきってみせるのが僕達だ。  まあ、事前の調査とか、予め渡されたデータに不備があると今回のようにヒヤリとするトラブルもあったりするのだが。 「これで、今年の元旦まで、私の夫は生きていたことになる」  運転席に座る絵理さんの横顔が、にやりと笑みを作ったのがわかった。 「アリバイ工作は完璧だわ。……お約束のお金は、例の口座に振り込んでおきますから」 「了解です」  お笑いが好きで、亭主関白で、家事が一切できない彼女の本物の夫――長谷部史郎は。実際はとっくに、冷たい土の中にいる。 「またのご利用、お待ちしております」  まあ、そんなこと。僕には一切関係ないのだけれど。
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