一粒の砂

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一粒の砂

「……あんっ」 赤く色塗られた唇から甘い吐息が零れ落ちる。 触れられれば痛みを感じてしまうほどの手のひら。 白く淫らな肌のラインをその手のひらで上から下へと辿る。 形の良い乳房を掴んで揉み解す。 柔らかい感触に下半身が反応してしまう。その人の肌に落とすの痕。 白い肌にくっきりと付いてしまう。 赤く。 そして血の跡を残す。 手は乳房に。そして腹の窪みを丁寧に唇でなぞる。 「ん…...。 あう......んっっ」 溶けそうなほどの甘い声。しかしその声は耳には届かない。音としか認識していないから。 触っていられればいい。 その肌を。 この欲情を曝け出せればいい。 指先はさらに下半身へと落ちてゆく。その人の秘部を丁寧に、時には強く触れる。 進入を拒む小さな窪みに指を差し入れれば、いやしく濡れる。 「もう我慢出来ない?」 「ズルイ子ね」 甘い声で囁く。 「もう少し慣らしてからの方がいいよ」 秘部を弄る指先が乳白色の液で満たされていく。それと同時に彼の下半身も激しく次の行動を要求していく。まだ早いよ。 まだ。 「もういいでしょ。あなたを頂戴」 横たわるその人は我慢ならないように手を差し伸べてくる。白い指が彼の首筋へと伸びて絡む。 吸い付くように舐めていた裸体から唇を離して長い前髪から彼女を覗き見る。 「もう、限界?」 大人びた笑みを浮かべて少年は笑う。 浮かべた笑みにさえ彼女は欲情してしまう程の妖しい笑みだった。 その整った顔立ちに似合わない微笑だった。 ベッドサイドのコンドームに手を伸ばし、歯で袋を噛み切る。もちろん中身は傷つけないように。彼のモノに被される透明フィルム。その光景に彼女の喉はごくりと鳴った。強い力で彼女の下半身を折り曲げる。 「足、もっと広げて」 言われるままに足を広げ、彼女は彼の次の行動を待った。早く…...。と零れ落ちるように小さな声でそれを催促していた。 内臓を押し上げるように進入してくる彼自身はとても熱い。そして力強かった。 「あん.....ふぅんっ….…...」 最初は傷つけないように、ゆっくり。 そして次第に強引に中に溶け込む。 「はっ......あぁ」 奥まで侵入したその身体。一体となって繋がった肉体に血の流れを感じられずにはいられない。彼自身の口からも荒い呼吸が聞こえてくる。 彼女の白い肌に滴り落ちてくる汗が、それを物語っていた。 「動くよ、いい?」 腰を強く抱き、抜き出しされる強い力に、彼女の身体は壊れそうな悲鳴を上げた。 「ああぁ......っ」 湧き上がる快感。最高潮に達していくのが分かる。無我夢中になってその身体にしがみ付いた。 優しいのか、乱暴なのか分からない感情に、飲み込まれてゆく。その度に生まれてくる飢餓感を埋め尽くすかのように、その肌を貪った。乱れた身体は、しっとりと肌を濡らしてゆく。そして息絶えるかのように、ベッドに身体を沈ませた。 残されたのはお互いの荒い呼吸。 枯らした声に甘く淫らな感情を含んだ吐息。 乱れた長い髪の毛を呼吸を整わせながら、彼女は搔きあげた。 「たまらないわね」 赤く色塗られた唇から漏れる言葉。彼女の指先が目の前の少年の前髪に触れてくる。 「彼方みたいな美少年じゃ本気になりそうよ」 「それは勘弁」 「酷い台詞ね」 彼女はふふっと笑う。 「そうやって遊んでると痛い目にあうわよ」 「そうかもね」 乱れた真っ白なシーツ。 お互いの放出されたもので汚されて、濡れたままだった。 その場で横たわるにはとても居心地が悪かった。 急速に冷める感情。欲しかったものは食べてしまった。今は目の前にある彼の痕の付いた白い身体にさえ、なんの反応も示さない。 だるい。 きっと何処までも付きまとう、満たされぬ感情。 誰を想い目の前の身体を抱いたのか。一生手に入らない身体を想い手を差し出した。 声を掛けてきた彼女の誘惑に乗ってみせる振りを見せた。 この欲望を満たしてくれるものであれば、誰でもいい。 あの人でないのなら、他は誰でもいい......。 放り投げた上着からスマホの着信音が鳴り出した。 「俺のスマホ」 動こうとしない彼の様子に、彼女が身体を起こし、彼の上着に手を伸ばした。ポケットを弄って目的のものを探し出す。 「出るの?」 「一応ね」 目の前に差し出された自分のスマホ。そして映し出される文字。 「なんだよ」 「今暇か。出て来いよ」 相手の声のトーンにため息が漏れた。 今、おねーさんと一緒とでも言えばこの電話は間が悪かったと悟り、途切れるだろう。しかし、このタイミングを利用させてもらおう。 「わかった。そっち行くからちょっと待ってろ」 傍の彼女に聞こえるように、そう切り出す。 丁度いい、別れの挨拶。 「友達?」 「そう。 直ぐ来てくれってさ」 それならば、もうこの場所に未練はない。早く身支度を整えてこの部屋を去ろう。 「シャンプーの匂い」 「さっきまで寝てたんだよ、な詮索すんな」 「隣に綺麗なおねーさん居たんだろ」 「どーでもいいだろ」 そして気付く。 「お前、俺の電話利用しただろ」 にやりと笑みを浮かべた。 「丁度良かったよ、さんきゅな」 悔しそうに声を荒げた。 「ちくしょ呼び出すんじゃなかった」 心底悔しそうな様子に「そんくらい気にすんな」と宥 めてみた。 「お前に言われたかねーよ」 大切な人が去ってしまった日から女遊びが始まった。 無くしたものを埋めるかのように。 それをずっと見てきた。 悪あがきする姿に痛々しくも、どう声を掛けてしまえば良いのだろう。 「言っちゃえば?」 それが一番良い方法に思えて仕方なかった。 抱えている感情を吐き出して。 自由になっちまいなと言いたかった。 「ばーか、言える訳ねーだろ」封印してきた想い。 「でも、もしかして1パーセントでも確立あるかもしんないじゃん」 「そんなの無いのも同然。無理」 そんな小さな確立になんて賭けることは出来ない。 そんなちっぽけな光はないのも同然。 「じゃあ50パーセントくらいあったら、賭けられる?」 「さあね」 そもそも少しでも駄目だったら…..。そう言われれば、もう口にすることは出来ないのだ。あの顔に恐怖や嫌悪感。 そんな感情で自分を見られたりでもしたらと思うと、もう口を閉ざしてまう。今のままでいいと······そう自分で言い聞かせている。 だから傍で傍観していた。それもまた仕方ないとお互いが思う。だが、そんな想いを知っている人間が自分以外に居るというだけで安心感もある。 こんな風に。 きっと100パーセントの確立なんてやってこないだろう。この想いを言葉にする日もまた来ない。 彼を想い、他の誰かの身体を抱く。 白い身体に彼の身体を重ねて想う。 喘ぎ声に、彼の声だったらと思い、残す痕に、彼の身体だったらと思い描く。 そんなことを思い、誘われて女性を抱く。決してこの腕に抱くことの出来ない身体を思いながら。 欲しては空しく想う。 身体に燻る欲望を消化してくれるのなら誰でもいい。 彼を重ねて、その姿を抱く。 自分で決めたことだった。それでいいと。彼が笑っていてくれれば、それでいいと。 自分に向けてくる微笑が消えなければ、それでいいと。 また会えたら笑って隣に居られたらそれでいい。 隣に居るのを許してくれるのならそれでいい。 今まで抱いた女の数なんて覚えていない。ただ、彼を想い白い肌を負った日々なら覚えている。女の赤いから零れ落ちる吐息を愛しいと思えることは無かった。 彼女たちの顔すら覚えていないのだから。 甘い匂いのする白い肌に顔を埋めながら、たったひとりの人を想い続けていた。 永遠に手に入れることの出来ない人。 その肌に触れることの出来ない人。 鳴く心に、代わりの誰かを欲した。 「もういいんだよ」あの人のことは そう決めたから、今歩いていける。 そして、搾り出すように。 もう二度と自分の口から零れ落ちることの無いその名前を。 彼方だけだ。 自分を満たしてくれる存在は。目を閉じ封印の意を込めて。 声にするだけで震えていた。 愛しい人。 【終わり】
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