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「と、言うわけで。黒木くんは今から餌です!」
「………は?」
茹だるような熱さの中、屋上では相変わらず長身の男二人が膝を突き合わせて座っていた。
「だぁかぁらぁ~! 僕の食事を誘き寄せる餌ね!海老で鯛を釣る的な?」
「俺は海老かよ」
「言葉の綾だって~っ!」
容赦なく、化け物にやられて裂傷が残る後頭部をバンバンと叩かれる。
もはや、失血しすぎて気を失いそうだった。
目の前の男は、実に素晴らしい笑顔で言った。
「どうやら、君は生に執着した生き汚い亡者の魂に狙われやすい。だが、そんな魂達こそ、僕の糧だ。『君が襲われる・僕が喰べる・君は助かる・僕は満腹になる』ほら! みんなハッピー! 最高でしょ?」
その言葉に、考えるより先に口が動いた。
「どうせ、俺のことも喰うんだろ?」
小さく呟いた言葉に、男は笑う。
「大丈夫だよ。僕は最高のデザートは、ちゃんと最後にとっておくタイプなんだ」
世界一大丈夫じゃない大丈夫に、もう俺の意識はブラックアウト寸前だった。
「なんで」
寄せばいいのに、言葉が零れ落ちる。
「なんで、俺なんだよ………」
情けない声は、震えながら空気に溶けた。
頭と首に残る痛みが、先程までの光景が夢でなかったことを嫌でも知らせてくる。
自分の血に濡れた拳は、もう握る力すら湧かない。
すると、目の前の男は空へと両手を突き出し言った。
「何言ってるの。自信もちなよ。なんせ、君は僕のお気に入りなんだから」
そして、揺れる白衣が高らかに宣言した。
「僕はね! 醜くて、汚くて、哀れで、歪んでる、最低で、最高に狂った魂が大好きなんだっ!!!!」
それは、晴天に似つかわしい最高に爽やかで、最高に狂った満面の笑みだった。
思わず、ある言葉が頭に浮かぶ。
「あんた、神様なのに。とんだ、悪食だな」
そう言えば、目の前の神は更に笑った。
「その通り! 今後は、保食神から悪食神とでも名乗ろうか」
その言葉に、俺まで思わず笑ってしまう。
不意に、目の前に手が差し出された。
気づけば、神は静かに此方を見ていた。太陽の逆光により遮られ、その表情は見ることは叶わない。
彼は、ゆっくりと口を開いた。
「君の命は僕のものだ。愚かな亡者達は勿論のこと、例え君自身であれど、その命を奪うことは許さない」
囁くような声は穏やかなのに、その瞳に張り詰めたような殺気を孕んでいた。
それは、絶対に破ってはいけない魂の誓い。
息を呑み頷くと、途端に空気は和らいだ。
「けれど、誓いの名において君は僕が絶対に守ろう」
言葉と共に傾いた顔に、太陽の光が差し込む。
「生涯にわたり、神の加護を与えよう。その命、貰い受けるまで」
それは、神に相応しい神々しい顔だった。
差し出された手に、己の手を伸ばす。
「これから、よろしく。黒木くん」
「これから、よろしく。……神崎先生」
来たる日が訪れるまで、己の命を代償に。
こうして、この日、俺は神の手を取ったのだった。
*****
「ところで、黒木くん。保健室に行こうか」
「あぁ……、助かる。もう死にそうだ」
「それから、これからのことを一緒に考えよう。まずは、僕が職員会議に遅れた理由から!」
「…………は?」
どうやら、俺達の行く末は前途多難だ。
To be continued……?
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