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Episode0. 凸凹コンビ誕生秘話【後編】
白衣を纏う腕が、ゆっくりと伸ばされる。
宙でゆるく握り込まれた拳が、蝿でも払うかのように軽く振ったかと思えばー……
目の前の化け物の頭が、消えた。
消えた頭部は、脳髄を撒き散らしながらコンクリートの上に飛び散っていた。巻きついていた腕の力は途端に緩み、俺は膝から崩れ落ちるようにして倒れ込んでしまう。呆然と見上げた顔に、化け物の体から吹き出した血が、雨の様に降り注いだ。
先生は散った頭部を踏み潰すと、いまだ噴水のように血を噴き出し続ける化け物の首に手を伸ばす。
そして、次の瞬間。
容赦なくその首へ細い腕を突っ込んだ。
「よい、しょっと」
鮮血に染まった白衣の腕と共に引き摺り出されたのは、赤黒くぬめり輝く内蔵だった。
細く長い指が内臓を摘んで恭しく掲げる。
その横で、先生は赤い唇をぱっくりと開いた。
「いただきます」
ジャル……、ジュルルル………、ブチッ…………
細く異様に白い顎に、鮮血が滴り落ちた。
晴天の青空の下で、標本のように並びの良い白い歯が、柔い肉を噛みちぎる。
まるで、ご馳走様に喰らいつくかの様に丁寧に血の一滴まで舐めしゃぶる音がした。
続いて、激しくバリバリと骨ごと噛み砕く音が、軽快に鳴り響く。
「ふっ、はぁ。こんな雑魚でも、まぁまぁだな」
血の海の中で喘ぐように呟く横顔は、恍惚とした笑みを浮かべている。
俺は、自分の目を疑った。
血の海の中で強烈な死臭が鼻をつき、異様な光景に、一拍遅れて胃液が迫り上がる。
不快感に襲われた胸を抑えようとすると、途端に全身に激痛が走った。
「……ぐ、ぁあっ」
込み上げた胃液を吐き出す前に、体中が締め付けられたのだ。どうやら、俺の体に巻きついていた腕の残骸が、最後の悪足掻きをしようとしているらしい。
「ぃ、やめ……ろ………っ」
手で引き剥がそうとしても、びくともしない。
骨までもが軋む音がする。
しかし、それは一瞬だった。
「あ……、まだ残ってたんだ」
あばら骨が折れるかと思う程食い込んでいた腕が、目の前の血濡れの男によって呆気なく引き剥がされる。コンクリートの血溜まりの中へ体を投げ出され、潰れそうになっていた肺が一気に空気で膨らみ酷く咽せた。
苦しくて蹲る俺の頭上で、先生は猫背な背を姿勢良くしゃんと立たせて天を仰いだ。
真っ赤な口が、より一層大きく開かれる。
「あーん」
そこへ、先生は引き剥がした腕の指を引きちぎって放り投げた。
ぱくんっ、ごくん。
馬鹿みたいに可愛らしい音が響き渡る。
見上げた先にある血色の悪かった頬は、血に濡れながらすっかりと高揚していた。
醜い体からぶちまけられた鮮血が、俺を頭のてっぺんから爪先まで真っ赤に染め上げる。
先生の顔も、白衣も、全てが赤い。
だが、そんなことも気にならない程に、俺は目の前の光景から目が離せなかった。
永遠に続かと思われた咀嚼音は、やがて止む。
それは、先生が化け物を全て平らげ終えた合図だった。
「ご馳走様でした」
呟きと共に姿勢を正した先生は、血に濡れた手と手を合わせて合掌している。
先程までは、嫌に行儀悪く喰っていたくせに、終わりを告げるその姿は、嫌に行儀が良い。
その姿は、なぜだか酷く笑えた。
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