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「……何をしてるんだよ俺は」
蓮はトイレの手洗い場の蛇口をひねって冷たい水を出した。
そして両手ですくい、自分の顔を洗う。
もう5時限目が終わったというのに、夏澄とひとことも会話が出来ていないからだ。
普段からあまり会話のない2人だからか、蓮はなんと話しかければいいか手をこまねいてしまっている。
「どうしよう……なんて話しかければいいんだ……そもそももう1回セックスしようなんてちょっと下品じゃないかな?」
「あ、蓮くん」
蓮の体がビクンと跳ねた。
トイレに入ってきたのは宗一だった。
「どうしたの?」
「ね、眠くなってきたから顔洗ってたんだよ」
蓮は思い出したように急いでハンカチで顔を拭く。
「そっか……ねえ今日行くんだよね?廃屋に」
「え?うん、そのつもりだけど」
「ごめん……僕行けないんだ」
「え?どうして?」
「最近……僕たち部活終わりにけっこう遅くまで遊んだりしてたよね?それをお母さんに怒られちゃって」
「ほ、ほんと?」
「うん……早く帰って来いって言われて……本当にごめん」
「いやぁ……それはいいんだけど。まあ心配させるのはよくないよね……」
「うん……大和くんにも言うつもり」
「そ、そっか。しょうがないよね」
「ごめんね、本当に」
「い、いいんだよ謝らなくて……しょうがないことだからね」
「うん……ありがとう」
蓮は宗一の小便が終わるまで待っていた。
そして一緒に教室に戻る。
6時限目は社会で地理の授業だ。
教師が教室にやってきて教鞭を取る。
蓮はまったく集中できなかった。
どこどこの大陸がどうとか、なになにの文化がこうとか。
今の蓮にはまったく重要でないことである。
蓮はペンを持って、ノートと睨めっこをする。
顔を伏せながら、チラチラと夏澄を見た。
3個席が離れている夏澄は、真面目に教師の話を聞きノートにペンを走らせている。
焦燥が溜まっていく。
蓮は奥歯を噛みしめた。
欲望が膨張し、理性が揺らぐ……。
どうあっても、蓮は夏澄と会話だけでも交わしたかった。
「蓮くん」
「……ん?」
「聞いてた?授業」
教師が蓮に詰め寄ってくる。
蓮は「もちろんですよ」と言葉を返す。
「じゃあ黒板の空欄を埋めてみて」
教師は蓮にチョークを渡した。
蓮はぎこちない笑顔を浮かべて立ち上がる。
そして空欄に見当違いの文字を書いて、見事に叱られた。
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