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「くそっ!」
ミナトは怒りに任せてボールカゴを蹴り飛ばした。
カゴは倒れてボールが溢れ出す。
1年生たちは顔をしかめてコロコロと転がるボールの行方を見守る。
「宗一!お前のせいだぞ!なんで俺が殴られんだよ!」
今日ミナトはサーブカットの練習中に何度も宗一とお見合いを繰り返し、2人仲良く殴られたのだ。
「……ごめん」
「くそ!マジ腹立つ!」
「もうそのくらいにしとけよ、宗一も悪気があったわけじゃないんだし」
鼻息を荒くして興奮しているミナトを、タケルは穏やかな声で窘めた。
だがミナトは聞く耳を持たず、女のような声で喚き続けた。
「うるせぇよ!なんで俺が殴られなくちゃいけないんだよ!お前らみたいな下手くそがいるからだろ!」
「……あ?」
穏便に話を済ませようと思っていたタケルだが、今の一言で青筋が立つ。
生来の気の短さが露わになった。
「お前に下手くそとか言われたくねえよ。チビ助」
「ああ!?」
「なんだやる気か!?」
タケルは顔を醜く歪ませてミナトに掴みかかった。
互いに互いの体を揺らして、壁に叩きつける。
蓮はどうすることもできずに、狭い部室の中で暴れる2人を見守った。
2人は激しく暴れているうちに、エースのカイリにぶつかってしまった。
今までニヤニヤ見ていただけの彼だったが、自分に実害が及べば話は別だ。
素早く立ち上がり、カイリはタケルを殴りつけた。
180センチを超えて、体重が80キロの彼の重いパンチを頬にぶち込まれたタケルは無惨にも床に倒れこんだ。
カイリは「馬鹿が」と吐き捨ててバッグを持ってさっさと部室から出て行った。
「ショウゴ、行くぞ」
「お、おう」
嫌らしくニタニタと笑うミナトはショウゴを連れてカイリの後を追う。
「大丈夫?タケルくん」
蓮は倒れこんでいるタケルに話しかけた。
殴られた衝撃で頭を打ったタケルは痛そうに後頭部を撫でていた。
「あいつら……殺してやる」
「頭怪我したの?」
「ああ……」
このような喧嘩は初めてではない。
宗一は救急バッグから傷薬や貼付薬を取り出した。
「大丈夫かタケル?」
「マジで殺してやりてぇよ、あのボケ……ミナトもカイリも」
「しょうがねぇよ、エースとキャプテンだし」
「お前もあいつらの肩持つのかよ」
「持ってねぇよ、俺もあいつらのこと好きじゃない」
「でもこの前ミナトの家に泊ったじゃないか」
「あれは……誘われたから」
「ふん……」
タケルは拗ねた顔のまま、宗一から傷薬を受けとって自分で処置をする。
「ミナトはクソ野郎だ、雄大さんの親戚だからってデカい顔して……ふざけやがって。カイリもエースだからって偉そうにしすぎだ」
憎々し気にタケルは同級生の悪口を垂れる。
確かにミナトとカイリは部活内どころか中学校の中でも強い力を持っていた。
ミナトはバレー部のキャプテンで、雄大の親戚だ。
そのツテで数多くのOBと知り合いで友好関係を築いている。
さらに人に取り入る才能だけはあり、島民にも好かれていた。
カイリもイケイケな性格とがっちりとしたガタイで、我を力づくで押し通せる能力がある。
ゴリラとキツネが手を組んでいるので、蓮たちはあまり反抗することが出来ないでいる。
「……俺帰るよ、じゃあな」
タケルは意気消沈したまま部室を出た。
宗一も「僕も帰るね」と言ってそそくさと出て行った。
残った蓮と大和とユウマは、同時に顔を見合わせる。
「俺たちも帰る?」
「……釣りしたいな」
ユウマがポツリと言った。
蓮は「釣り?」と期待を込めた声で答える。
彼は釣りが大好きなのだ。
「いいね、行こう!」
大和も釣りが好きなのでこの提案には文句はない。
蓮も便乗して「行こう!」と言った。
「よし、じゃあ3人で行くか」
「やった!」
「じゃあ俺1回家に帰って釣り道具を取ってくるよ」
「蓮ちゃんそれじゃ遅くなっちゃうよ、俺の貸してあげるよ。3本持ってるからね」
「そんなに持ってるの?すごいね」
「全部お父さんのやつだけどね」
「じゃあお言葉に甘えようかな」
蓮はにっこりと笑った。
大好きな釣りが出来ることに喜びを覚えている。
心が軽いのだ。
先ほど暴力的な現場を目の当たりにしたというのに、彼はリラックスしている。
夏澄に抜いてもらったからというのもあるが、また彼女と繋がれる事実に喜んでいるのだ。
喜びが重なっている間、人は幸福でいられる。
3人は体育館を出て、鍵を閉めた。
薄暗い空の下、鍵を返すために職員室に向かう。
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