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「おっ、釣れた」
「え?何が?」
「アジだね」
蓮はリールを巻き上げて、釣り針に食いついた魚を海から釣り上げた。
暗くてその魚の全貌が見えづらいが、魚に詳しい彼はすぐに魚の種類を見分ける。
いい気分になってバケツの中に放り込む。
「これは明日の朝ごはんにしよう」
「じゃあ家族の分も獲らないとな」
「うん、だね」
蓮はまた釣り糸を海に垂らす。
蓮と大和と蓮は港の防波堤で、ある程度互いに近い場所で釣りを楽しんでいる。
何人かの漁師たちも離れた場所で船のメンテナンスや漁の準備をしているようだ。
「それにしても、今日のミナトくんとカイリくん。ちょっとあんまりだったよね」
「……まあな」
大和が非難を込めて言うと、ユウマは苦い顔で呟いた。
蓮は口を挟まずに、2匹目の魚に集中した。
「ユウマくんなんとかしてよ」
「うーん……あいつらには言いにくいんだよ、キャプテンとエースだし」
「ユウマくんだってエースだ」
「裏エースだろ?俺は点数取れないし、正直俺たちの部が強いのはカイリのおかげだ。あいつだけで何十点も取ってるからな。技術もあるし、攻めも守りも上手い……あいつがいないと俺たちは弱小だよ」
「そんなことないよ、ユウマくんも上手だし!」
「ふふ、ありがとな大和」
お礼を言われてちょっぴり嬉しくなった大和は「えへへ」と笑った。
家が近く、小さい頃から自分を引っ張ってくれるユウマのことを大和は尊敬してるからだ。
「でもミナトくんはムカつくよね、下手なくせに偉そうでさ」
「え?」
ユウマは目を丸くして、発言した蓮を見る。
「お前が人の悪口言うなんて珍しいな」
「悪口じゃないよ、本当のことを言ってるだけ」
「そうか……ふふ」
ユウマは微笑んで、釣りをやめて蓮に近づいた。
なんとも言えぬ心地悪さと、勇気を出したいゆえの快感が蓮の心の中に渦巻く。
本来蓮は他人についてとやかく言うタイプの人間ではないが、今は自分の悪い感情にも素直になれた。
余熱のように小さく高揚しているからだ。
「今日は機嫌がよさそうだったよなお前」
「そ、そう?」
「ああ、でもいいことだ。前から……ちょっと心配してたんだよ」
「心配?」
「お前はあんまり人の悪口とか言わないからね、そりゃ言わないに越したことはないけど……ストレスとか溜まるからなそういうの。お前と宗一はそこんところちょっと心配してたんだよ。まあ大和は大丈夫だろうけど」
「ユウマくんそれどういうことなの!」
「俺だって言うときは言うよ、本人には言えないだろうけど」
「本人に言わなくていい、どうせまたキレられるだけだ。いいか、バレーが上手いからとかキャプテンで偉そうに出来るからって別に本当に偉いわけじゃない。しょせんこの島でしか通用しないんだ。覚えておけよ、お前らもあの2人に酷いこと言われたり、コーチや監督に殴られても落ち込まなくていいんだからな。何も俺たちは悪いことをしてない、やりたくもないことやらされて勝手に文句言われてるだけだ。それだけはちゃんと分かっててくれ」
「……ユウマくんもバレーが嫌いなの?」
「当たり前だよ、この島だって大嫌いだ」
「……夏澄ちゃんと同じこと言ってる」
「ん?なんで知ってんだ?」
「え!?いやいや別に!この前そういう話を聞いたから……」
蓮は取り乱しあたふたと釣り竿を揺らした。
人生がいい方向に傾きかけていると感じている蓮だが、彼女との関係がバレるわけにはいかない。
「ふーん……そうか」
「えっと……これはみんなには言わないでね?夏澄ちゃんに迷惑かけちゃうかもだし……」
「分かってるよ、俺もそのくらい知ってるし」
「ありがとう、ヤマちゃんもお願いね」
「え?」
「……ヤマちゃん口が軽いから」
「ええ!?そんな風に思ってたの?」
「だって本当のことだし……」
「ひどっ!言ったりしないよ!」
「ほんと?」
「ほんと!」
「ありがとう」
「蓮……お前この島好きなのか?」
ややシリアスな口調でユウマは蓮に問うた。
蓮は頭を捻り、しばらく黙って、そして口を開いた。
「島が好きかは……わからない。この島で育ったんだし……でもユウマくんとかヤマちゃんに会えたのは嬉しいかな」
「はは、嬉しいこと言うね」
「そうかな?」
ユウマはポリポリと頭を掻いている。
確かな笑みを口元に浮かべて。
「おっ!釣れた!」
大和も1匹目のアジを釣った。
喜びを体で表現している。
「やったな大和」
「うん!これで釣れてないのはユウマくんだけだね!早く釣りなよ」
「生意気なやつだ、よし見てろ!3メートルくらいのアジ釣ってやるからな」
「そんなのいないよ」
蓮たちは笑いあって、静寂な夜を汚した。
ひとしきり笑って、ユウマは微笑んだまま2人に言った。
「なあ、いいか?もう1回言うけど俺たちは悪くない。学生時代なんて一瞬だ。島を出てあっちの高校に入れば全部大丈夫だ。悩むことなんてない。絶対楽しいよ、だから……頑張ろうな」
「そうかなぁ?全然短くないよ。毎日部活部活で毎日長いし」
「あはは、そりゃそうだ。でも……大人になって振り返ったら1瞬の出来事だよ。中学時代なんて」
「そうなの?」
「ああ、きっとそうだ」
短い中学校生活。
今までは心の裏側でそれを望んでいた蓮だが、今はそういう気持ちは強く抱けなかった。
高校生になってしまえば、夏澄と会えなくなってしまうかもしれない。
未熟な中学1年生は、目先の快楽を求めてしまうものだ。
ユウマの言葉に素直に頷くことが出来ないのもそのせいである。
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