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「今日は試合しろお前ら」
仕事が終わった雄大コーチが体育館に到着して早々に言った言葉がそれだった。
部員たちのテンションがあがる。
蓮も同様だった。
いつものきつく苦しい基礎練習ではなく、試合形式のゲームだからだ。
このときはヘマをしてもコーチはなぜか怒らない。
たぶん部員たちの息抜きとして考えてくれているのだろう。
コーチがチーム分けを発表した。
部員は8人なので4対4という形になる。
1番バレーが上手なカイリに下手くそがくっつけられることになった。
蓮と大和とタケルだ。
そして相手はミナト、ユウマ、ショウゴ、宗一となる。
蓮は気が楽だった、ミナトが自分のチームにいないから。
カイリも粗暴だが、彼のようにネチネチはしていないし遊び半分のこの練習で怒ることもないからだ。
「じゃあやるぞ!」
キャプテンのミナトが指示を出す。
各チームはエンドラインに整列し、「お願いします!」と大声で言ってネットに駆け寄った。
見知ったチームメイトと半笑いで握手を交わし、各々のポジションにつく。
といっても正式な人数ではないので、セッターはネットの近くに固定でほかの3人は等間隔でコートの中に位置取り、守りを固めた。
「サーブどっちから?」
「お前らからでいいぞ」
カイリはぶっきらぼうに言った。
宗一がボールを持って、サーブを打とうとする。
片手でボールを宙に投げて、そのまま手のひらをぶつけた。
まっすぐ飛んでいくボールはネットに遮られ自分たちのコートに落ちる。
「1発目からミスるなよ!」
「ご、ごめん」
ミナトに叱責され、縮こまった宗一はコロコロとボールを相手コートに転がす。
受け取った大和は元気のいい声で「サーブ!」と宣言して、サーブを打った。
ボールは山なりに落ちて、ミナトが綺麗にレシーブする。
セッターのショウゴがトスをして、ユウマがアタックした。
だがそのアタックは長身のカイリに止められる。
力強いアタックはコートに叩き落とされた。
「ぶおーい!!」と獣のような雄たけびをあげて喜ぶカイリは、まるでゴリラのようだと蓮は思った。
「ナイスブロック!」
大和が手をあげて喜んだ。
カイリも嬉しそうに「おう!!」とまた獣のような野太い声で答える。
蓮も手を叩いて、先輩の活躍を素直に喜んだ。
タケルはぶすっとして何も言わない。
「おいカイリ手加減しろよ!絶対止められるじゃねぇか!!」
「うるせぇよ!止められないように打てばいいじゃねぇか!!」
ミナトが文句をつけるも、カイリは言い返した。
「ぐぬぬ」と形容できそうな表情で、ミナトは黙り込む。
カイリに強く言えない彼は、標的をユウマに変えた。
「お前もちゃんと打てよぉ!負けるぞ!」
敵意と冗談めかした態度を織り交ぜてミナトは叫んだ。
ここで本気でキレてしまうのは流石に憚られると思ったのだろう。
これはほんの遊びだが、ミナトは誰かに噛みつかずにはいられなかった。
だから全力の敵意を向けることが出来なかった。
「おい大和!サービスエースとれ!宗一を狙えよ!」
機嫌よく言ったカイリはボールを大和に投げ渡した。
大和は宗一を狙いたくなかったが、カイリに命令されたのでは逆らえない。
申し訳ない気持ちを抱きながらサーブを打った。
だが手の当たり所が悪く、ボールはミナトのほうへ飛んでいった。
ミナトはサーブをカットして、ショウゴにふんわりと上げる。
ショウゴはトスをしようとしたが、指が滑ってしまい後方に飛んだ。
宗一は飛びこんで、そのボールを相手コートに返す。
威力などないふわりとした返球。
蓮はやや焦りながらアンダーパスでセッターに返した。
タケルはきっちりとトスを上げる。
カイリは待ってましたと言わんばかりに顔をにんまりと歪ませて、助走をつけて跳びあがった。
高い打点からノーブロックで振り落とされるアタックはアタックラインの中に叩きつけられて、体育館の天井近くまで跳ねた。
「おっしゃぁあああー!!!」
またゴリラのように喜びを体で表現するカイリは、「ナイストスだったぁ!!」などと宣い1人で盛り上がっている。
その言葉に気をよくしたのかタケルも照れ臭そうにこめかみを掻く。
とてつもない破壊力を目の当たりにして、相手チームはお通夜のように静まり返っている。
「おら声だせ声!!」
ミナトはイライラを誤魔化すようにチームメイトに呼びかけた。
カイリはすっかり気分をよくし、大和にボールを渡す。
「大和!ジャンプサーブ打て!」
「え!?無理だよ!」
「いいから打てっつってんだろうが!おら打て!ジャンプサーブだぁ!!」
大和は気負った顔をしたが、命令には背けない。
打ったこともないジャンプサーブを、カイリの見様見真似で打ってみようと思った。
ボールを逆回転させながら高く前方に投げて、ラインを踏まないように気をつけながらぎこちなく飛び上がって打つ。
初めてのジャンプサーブはなんとか成功した。
鋭さも威力もないふわふわしたサーブだが、なんとか相手コートには入った。
そのサーブをカットしたユウマは、「レフト!」と力強く宣言する。
綺麗にあがったトスを打とうとすると、また高い壁が現れた。
ユウマはカイリのブロックを恐れて、打つふりをしてフェイントをした。
威力など無いただ相手コートに落とすだけの技。
ブロックのそばで腰を低くして構えていた蓮はその落とされたボールを拾った。
軽い音がなってボールが上がる。
「レフトだタケル!!」
タケルは急いでボールの落下地点に入り込み、不細工な構えでトスをした。
すでにレフトに待ち構えていたカイリは、怪獣のような足音を立てて助走をつける。
完璧とは言えない乱れたトス、それでも彼には関係なかった。
持ち前の身体能力で高く跳び、大きく腕を振った。
地面に叩きつけるのではない奥に飛ばすアタック。
だがパワーも回転もスピードも桁違いだ。
まっすぐにボールは宗一のもとに飛んでいく。
あまりの速さに反応できなかった宗一の顔に、カイリのアタックが直撃した。
ボウリングのピンのように吹っ飛んだ宗一はコートに横たわる。
「宗一くん!」
蓮は駆け寄った。
ほかの部員もかけよる、コーチも目を丸くして彼に近づいた。
カイリだけがゲラゲラと笑っている。
「宗一くん!大丈夫!?」
蓮は体をゆすった。
返事はない、気を失っているようである。
「おい、マジかよ。ちょっと救急車呼ぶわ」
雄大コーチはスマホを耳に当てて連絡した。
宗一は白目をむいて、ピクリとも動かない。
隣のコートで練習していた女子たちも何事かとこちらを気にし始める。
蓮は宗一のことを心配したが、もう1つ不安に思っていることがあった。
今日の夜、夏澄と会う約束のことである。
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