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私のこと好きになったらダメだよ
蓮はしかめ面のまま校長室を出た。
少しメンタル的にへこんでいる。
蓮たちの中学校は定期的に、生徒1人1人が壁に張り出す新聞を作る。
身近にあった出来事や興味のあることを新聞の形にするというものだ。
他人に分かりやすく伝えるデザイン力や文章力を伸ばすための学習という名目らしい。
その作業をすっかり蓮は忘れていたのだ。
さらに前回も前々回も忘れていて教師から叱られたのだが、今回は校長先生に叱られた。
窘められるように優しく「私はこの新聞を楽しみにしている」や「読めないとなると悲しい」など、感情論と理屈を織り交ぜられた叱責に蓮は平謝りすることしか出来なかった。
校長先生に直々に呼び出され怒られるというのはかなり心にダメージが入るものだ。
最近忙しかったせいで忘れたんだ、と自分を慰めてみたが何度も作成を忘れているのでそれは通用しない。
次回は必ず仕上げて提出しようと蓮は強く自分に誓った。
「ん?」
ネガティブな心持ちで教室に戻ろうとしていると、床にハンカチが落ちているのを見つけた。
白いうさぎが刺繍されている可愛らしいハンカチだった。
「落とし物かな?」
蓮はそれを拾い上げた。
落とし主が近くにいないか一応探してみると、前方に制服を着た女子が歩いていた。
その後ろ姿を見て、蓮は心臓をドクンと跳ねさせる。
体が臆して、彼女を追うことを止めてしまう。
彼女は蓮の初恋の人で今も想い続けているアカネだった。
しばしの逡巡の後、蓮は勇気を出してアカネに話しかけることにした。
怯える脚を動かして、早足で彼女のもとに走る。
「あ、アカネちゃん!」
アカネは呼びかけられて振り返った。
白い肌にショートの黒髪、両頬にへこんだえくぼが蓮のハートをがっちりと鷲掴みにした。
大きな丸い瞳も蓮の好みだった。
穏やかな微笑を帯びた表情で小首を傾げる。
「蓮、どうしたの?」
「あ、あの違ったらあれなんだけど。これアカネちゃんのハンカチじゃない?」
蓮は先ほど拾ったハンカチをアカネに見せた。
「これ私の!あちゃー落としてたのかぁ。ありがとう蓮!これ気に入ってたんだよね!」
「い、いいんだよ!渡せてよかった」
にっこりと笑うアカネは蓮の手を包むように両手でハンカチを受け取った。
すべすべした手のひらに触れられて、蓮の耳たぶが赤くなる。
「ありがとね」
アカネはもう1度お礼を言って振り返った。
このまま会話を終わりたくない蓮は、なけなしの勇気をさらに絞りだして声を出した。
「あ、アカネちゃん!」
「ん?なに?」
「……部活、頑張ろうね」
「ふふ、なにそれ。うん、頑張ろうね」
ひらひらと小さく手を振って、アカネは教室に戻っていった。
蓮はしばらく立ち尽くし、彼女の手のひらに触れた手をじっと見つめる。
あの柔らかい感触は一生忘れることがないだろう。
「……やった、話しかけたよ……ふふ、手も触っちゃった」
「よかったね」
「おわっ!」
いきなりの声掛けに蓮は体を跳ねさせた。
心臓がドクドクと驚きを表現している。
「そんなに驚かなくても」
「か、夏澄ちゃん!なんなの!びっくりするでしょ!」
蓮の肝を刺激したのは夏澄だった。
ぶすっとした愛想のない顔でじろじろと蓮の顔を観察している。
「別に、見かけたから声かけただけ。迷惑だった?」
「い、いやそんなことないよ、はぁ……」
「やめておいたほうがいいよ」
「……なにが?」
「アカネさんのこと好きなんでしょ?」
「ま、まっさかぁ!何言ってるの!?」
「顔に出すぎ、誰にでもバレるよ」
「……え?ほんと?」
「やっぱり好きなんだ」
「あ!騙したな!」
「声が大きいよ、静かにして」
「ご、ごめん」
「あの人顔はいいし、好きになるのも当然だよね」
「別に……顔だけで好きになったわけじゃないけど」
「じゃあどうして好きになったの?」
「も、もうそういう話はやめてよ、誰かに聞かれてるかもしれないし……」
「別にいいじゃん」
「よくないよ!みんなにバレたら……恥ずかしいし」
「ふーん」
「だ、誰にも言わないでね?」
「言わないけど……やめておいたほうがいいと思うよ」
夏澄はさらっと言ってのけた。
そのドライな物言いに、蓮もつい言い返してしまう。
「なんでよ、いい人だよ。優しいし」
「優しい?」
思い切り馬鹿にするように夏澄は鼻で笑った。
流石の蓮もむっとする。
「その鼻で笑うのよくないと思うよ」
「こんなふうに?」
夏澄はやや変顔をして鼻で笑った。
また蓮はむっとする。
「そういう意地悪する夏澄ちゃんは好きじゃない」
「今までは好きだったの?」
「それどういう意味?」
「……まあいいけどね、とにかくやめておいたほうがいいよ。それに女子で性格いいやつなんていない」
「夏澄ちゃんは……よくないの?」
「当たり前でしょ?」
「俺には優しく見えるけど……」
眉間に皺を寄せた夏澄は、何も言わずに蓮の腹筋に貫き手をした。
思ったよりも威力があった攻撃に、気を抜いていた蓮はちょっぴり呻いてしまう。
夏澄は無言で教室に戻っていった。
「ちょ、ちょっと夏澄ちゃん!痛いじゃないか!ちょっと……待って!なんで俺の腹突いたの?ねえって!」
必死に蓮は彼女を呼び止めようとしたが、夏澄は1度も振り返ることも足を止めることもなかった。
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