私のこと好きになったらダメだよ

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「蓮、スパイク打ってみろ」 「……え?」 4セット目の試合の前、蓮がコーチに言われた言葉だった。 夏場ということもあり、すでに汗だくで体力もかなり奪われていた。 乱れる息を吐きながら、蓮は聞き返す。 「俺が……アタック打つんですか?」 「そう言ってんだろ」 「いやでも……打ったことないですし」 「練習しただろうが、だから打て」 「は、はい……え?でも俺補欠ですし」 「宗一、蓮と代われ」 「はい!」 宗一は弾んだ声で返事した。 蓮は不安に苛まれる。 確かに蓮は最近アタックの練習に参加させてもらっていたが、試合では打ったことがなかった。 それに練習したと言っても1週間程度である。 蓮はまったく自信がなかった。 男子部員たちは相手チームに挨拶をした後、コートの中央で円陣を組む。 「おい!よかったな蓮!お前点数取れよ!」 カイリが嬉しそうに言った。 ほかの部員も、補欠だった蓮がコート上に立つことを喜んでくれているようだ。 「落ち着いてやれよ、ミスしてもカバーしてやるから」 ユウマが優しく蓮の肩を叩く。 ショウゴもタケルも笑いながら励ましてくれる。 ミナトだけは「俺の邪魔だけはするな」と釘を刺していたが。 威勢のいい掛け声を出して、メンバーは各々のポジションの位置につく。 「蓮!そこじゃない!!」 「え?」 蓮はおろおろしながら右往左往する。 コートに立つことなどあまりないから自分がどこに立てばいいのか分からないのだ。 「誰か教えてやれ!!」 コーチが腕を組みながら大きな声で指示を出す。 近くにいたタケルが、蓮の守るべき場所を教えてくれた。 「こ、ここでいいの?」 「ああ、ボールが来たら拾えよ」 「う、うん」 「そんなに固くなるなよ、動けなくなるぞ」 「わ、分かった」 普段試合ではコートの外から応援の声をかけることしかしてなかった蓮は緊張していた。 この場所からよく見える相手選手の顔が新鮮だ。 「おい蓮!!試合始まってんのに突っ立ってんじゃねぇぞ!立ちんぼかお前は!!」 下品なコーチの叱咤が飛ぶ。 蓮は急いで腰を落として、低姿勢で構えた。 相手選手までもクスクスと笑う。 蓮は少し恥ずかしくなる。 最初のサーブ権はこちらからだった。 ユウマがエンドラインに立ち、ボールを持つ。 主審のホイッスルが鳴った。 綺麗なフォームのフローターサーブが放たれる。 回転のない、玉がぶれるいいサーブだった。 相手選手はサーブカットを失敗し、横方向にボールは飛ぶ。 チームメイトがなんとかカバーし、チャンスボールが蓮たちのコートに返ってきた。 「は、はい!」 蓮はアンダーカットでボールを捕らえる。 少し回転のかかった返球だが、セッターのタケルに見事に返った。 「レフト!!」 カイリの声が響く。 タケルは器用にボールをレフトに上げた。 カイリはドスドスと音を立て助走をつけ、ブロックをぶちぬいて1点をもぎとる。 「よっしゃ!!」 蓮はほかの部員たちに混じって「ナイスキー!」と叫んだ。 「緊張すんなっつってんだろうが!」と笑顔でカイリは蓮の背中を叩く。 バチンと重い一撃を食らい、蓮は少し咳き込んだ。 その後は点を取り、点を取られる互角の攻防が続いた。 まともに試合の場に立ったことのない蓮だったが、なんとかボールに食らいつきそこそこの結果を残すことが出来た。 ノーブロックの相手エースのアタックをカットしたり、カイリのアタックが相手ブロックに弾かれたときは飛びこんでボールを繋げたり、乱れたボールを綺麗にトスしたり。 その活躍にコーチも監督も褒めてくれた。 無論チームメイトも。 蓮は何度も頭を掻き、だらしない笑顔を浮かべたのだ。 そして試合が続き、蓮は前衛のポジションに移動した。 レフトはカイリが打つので、蓮は右側から打つことになる。 こちら側のサーブが相手に飛ぶ。 相手は丁寧にカットして、トスに繋ぐ。 相手の選手が跳びあがり、レフトからアタックを打とうとした。 蓮はブロックの経験などないが、頑張って垂直に跳んだ。 敵のアタックは蓮の手に綺麗にあたり、バウンドしてふわりとしたチャンスボールになる。 ミナトがそれをレシーブし、タケルに繋いだ。 「ら、ライト!!」 蓮は下がってボールを呼んだ。 タケルはバックトスでライトに上げてくれた。 短い練習を思い出しながら蓮はステップを踏む。 ぎこちない助走から跳びあがり、腕を上げる。 ブロックは2人ついている。 蓮は腹に力を入れて、短い気合の声を出してアタックした。 ボールは相手の手の端に当たり、コートの外に落ちる。 ワンタッチでの得点、蓮は初めて自分の力で点数を取ったのだ。 「いいぞ!蓮!!」 「やるじゃねえかお前!れぇん!!」 コーチが喜び、監督が喜び、仲間も喜んだ。 カイリは蓮に駆け寄ってバシバシと肩を叩く。 蓮は気持ちの良い達成感に包まれて、「ありがとう」と自信を持って言った。
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