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「……ずっと変わらないね、蓮くんは」
「そうかな?」
「明日は土曜日だね」
「そうだね」
「ねえ……蓮くん」
「なに?」
しばしの沈黙の後、夏澄ははっきりと彼に聞いた。
目をちゃんと見つめながら。
「セックス……したことある?」
「……え?」
無垢な蓮は狼狽えた。
もごもごと口を動かして、顔を赤く染める。
「な、ないよ……だって彼女とかもいないし」
「じゃあ……私とやってみない?」
「え?……ええ?そんなこと言われても……まだ早いよそういうのは」
「興味ないの?」
「ないわけじゃないけど……急にどうしたの?」
「私はセックスをしてみたい……だからセックスしない?」
「……いや」
「お願い、蓮くん」
夏澄はあくまで真剣な表情だった。
未知の大人への入り口……その通行証を女子から渡されて、蓮は言葉をろくに紡げなかった。
「変だよ……そんなの。今日の夏澄ちゃんは変だ」
「そう?」
「急にどうしたの?何か悩みでもあるの?」
「悩みならたくさんあるけど、悩みがあるから言ってるわけじゃないよ。単なる好奇心……それでやってくれる?」
「……俺のことが好きなの?」
「ううん、別に蓮くんのことは好きじゃないよ。でも蓮くんとセックスしたいの」
「……やっぱり変だよ……そういうのはもっと大人になってからじゃないと」
「やってくれないの?」
「……いきなり言われても…困る」
「そっか、そうだよね」
夏澄は立ち上がった。
先ほどから魚がかかり、糸を引っ張っているが蓮にはそれどころじゃない。
釣り竿を持ち、離さないことで精いっぱいだ。
「明日……女子も男子も朝練だよね?」
「う、うん」
「明日の午後からパパ予定があるから夜まで帰ってこない……私の家に来て」
「そ、それは……」
「無理しなくてもいいけど……蓮くんも興味があるなら来てよ」
「えっと……」
「今断る?」
「いや……そもそも夏澄ちゃんの家知らない」
夏澄は「ふふ」と笑った。
なぜ笑ったのかは自分でもよく分からない。
「私の家……知らないの?」
「漁協団地なのは知ってるけど、どの部屋か分からない……行ったことないし」
「そっか……3階の316号室だよ。階段あがって左側ね」
「そ、そっか」
「これは命令じゃない。お願いだよ……だから来なくてもいいからね」
夏澄は背中を見せて立ち去ろうとした。
釣り竿を持ったまま立ち上がる蓮は、彼女に大きな声をかけた。
「き、来てほしいの!?」
「……来てほしい」
すぐに夏澄は夜の闇の中に消えてしまった。
蓮は立ち尽くし、呆けた顔で暗闇を見つめている。
頭の整理のため座り込み、釣りを再開した。
糸を巻き上げて見ると、すでに餌は食いつくされていた。
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