私のこと好きになったらダメだよ

9/12

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
「あ、来たんだ」 「うん、待たせちゃった?」 「ううん、私も今来たところ」 あの野球での喧嘩が原因で、その日は早々にお開きになった。 普通は19時くらいまで楽しく遊ぶので、どうやって早めに抜けるか考えていた蓮には好都合だった。 約束した廃屋の前で合流した2人は、軽い挨拶を済ませる。 「どうしたの?それ」 「え?」 「ほっぺた、なんか変な色してる」 「ああ……タケルくんに殴られたんだよ」 「ふーん、蓮くんも喧嘩したりするんだ」 「違うよ、喧嘩したのはミナトくんとタケルくん。俺は止めようとして殴られた」 「ああ、あの2人ね。災難だったね」 「まぁ……よくあることだよ」 夏澄は蓮の痣を優しく撫でて、その後軽く舐めた。 生暖かい舌が頬を這いずる。 「消毒代わり」 「消毒になるのかな?」 「さあ?でどうするの?」 「家の中に入ろう」 「不法侵入じゃない?」 「え?」 「ここに入るの不法侵入じゃないの?」 「え?でも住んでる人いないよ」 「住んでる人がいなくても、家とか土地の持ち主がいるでしょ」 「その場合もダメなの?」 「ダメでしょ」 「ええ……それは聞いてないなぁ……カイリくんこの家の中に入ったって言ってたのに……不法侵入なのかぁ」 深刻ぶって悩む蓮を見て、夏澄は笑った。 軽く彼の肩を叩く。 「冗談だよ、ここまで来て何悩んでるの?誰も気にしないよ」 「そうなの?でも犯罪でしょ?」 「まったく蓮くんったら」 明らかに小馬鹿にしてくる夏澄にちょっとだけ蓮も腹が立った。 強い口調で言い返す。 「なんだよ、そんなに笑わなくたっていいだろ」 「笑うよ、だってそんなこと言いだしたら私たち体育館にも無断で入ったじゃん。それにセックスもした。悪いことしかやってない」 「ん?それも……そうだね」 「今気づいたの?マジで?」 「いいでしょ別に!ほら入るよ!」 「今日は強気だね蓮くん」 「そんなことないよ!夏澄ちゃんが変なこと言うから……」 「ごめんごめん、怒らないで。さっ早く入ろう?誰かに見られたら嫌だし」 「わかったよ」 2人は玄関に近づいた。 割れた花瓶や錆びついた郵便受けが不気味だった。 もちろん引き戸のドアの擦りガラスも割れている。 家の中は電気などついていないし、人の気配もしない。 蓮は扉を開けようとすると、ガタッと音はなったが開かなかった。 「あれ……?開かない」 「開かないの?」 「うん」 「じゃあ鍵かけてるんだろうね」 「……どうしよう?」 「ガラス割ればいいんじゃない?」 「そんなこと出来ないよ」 「冗談だよ、でもカイリくんがここに入ったんでしょ?どっかに入れるところがあるんだよ」 「それはそうだね」 蓮は家屋のまわりを歩いてみた。 生え放題の雑草が脚を刺激する。 「わっ!」 「どうしたの夏澄ちゃん?」 「足にバッタが飛んできた」 「大丈夫?」 「虫嫌い」 蓮も夏澄も運動用のシャツと短パンを着用している。 この島でオシャレなんかする人間はいないからだ。 洒落た服を着ても見る人なんていないし、かえって浮いてしまう。 短パンから伸びた夏澄の長い足を凝視している蓮を、彼女は冷めた目で見下ろす。 「もうエッチなこと考えてるの?」 「え……うん」 「それは中に入ってから、いいから探して」 「分かった、探そう」 蓮が大きな穴でもないかと探していると、家の裏側が縁側になっていてそこには襖があった。 きっとあの襖から縁側へ出入りするのだろう。 「あそこから入れそう」 蓮はその襖に手をかけた。 鍵などついておらず、がたつきながらも襖は開いた。 島では盗みなどする人間がいないと思っての設計なのだろう。 「やった、中に入れるね」 「うん」 蓮が靴を脱ごうとしたので、「危ないから履いておいて」と夏澄は注意した。 2人は家の中に侵入して、襖を閉める。 「汚っ……」 「ほんとだね」 部屋の中は凄まじく汚れていて、ゴミなども散乱していた。 ただ家主が出て行っただけではこうはならない。 最近のお菓子の袋なども落ちている。 おそらく蓮たちのように密かにここを利用しているものがいるのだろう。 「じゃあ……どうしようか?」 「どうすればいいと思う?」 「ベッドとかあればいいね」 「……だね」 夏澄は嫌そうな顔をした。 この汚い家の中で性行為などやりたくないのである。 蓮はやる気満々で、歩き回って寝室を探した。 塗装が剥がれている茶色のドアを開けると、中には乱れた敷布団があった。 「ここでしよう」 「……うん」 夏澄は乗り気ではない返事をしたが、ここまで来て帰らないわけにはいかない。 窓から橙色の光が差し込む。 舞いあがる埃が鮮明に見て取れる。 蓮はとりあえず靴を脱いで、布団の上に座った。 夏澄も同じように座る。 「えへへ……なんだか緊張するね」 「そうだね」 蓮はふとそばにあったゴミ箱に目がいった。 中を覗いてみると、見たことない小さな袋のような物が大量に放り込まれている。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加