私のこと好きになったらダメだよ

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気が気でない蓮はじっと声をひそめていたが、隣から小声で「美しい友情だね」とからかう声が聞こえた。 蓮はしかめ面をして、人さし指を口に当てる。 「あれ?おかしくない?」 「何が?」 「この布団だよ」 宗一は布団に触れてみる。 ぐっしょり濡れている布団のシミ、そしてその布団が温かいことに気づいたのだ。 「なんで濡れてるの?それに温かいし」 「え?ほんとだ……雨漏りかな?」 「今日雨なんて降ってないよ、それになんで温かいの?」 「西日があたるんじゃないここ」 「そうは思えないけど……」 「じゃあどう思うの?」 「ここに誰か来たんだよ」 蓮はその言葉にギクリとした。 嫌な汗が体中から噴き出す。 「そしてこの布団を使った……誰も住んでないのに」 「怖いこと言わないでしょ」 「え?」 「そういうホラーな話苦手なの」 「違うよ、ここで……誰かエッチなことしたんじゃないかって言ってるの」 「幽霊が?」 「幽霊はエッチなことしないよ……知らないけど。とにかく誰かここに来たんだ」 「誰が来るの?」 「分からないけど」 蓮の心臓がバクバクと音を出す。 押入れを突き抜けて彼らに聞こえるんじゃないかと蓮は焦りに焦る。 「カイリくんじゃない?」 「え?」 「だって今日カイリくんまりなちゃんと会うって言ってたじゃん。だから……また来たんじゃないの?」 「ああ……それだね。さっきまでたぶんいたんだよ」 「なんだぁびっくりさせないでよ!怖かったんだからね」 「だから幽霊の話じゃないって」 「でも羨ましいなぁ!俺も彼女が欲しいよ!宗ちゃんも欲しいでしょ?」 「僕は……そういうの興味ないし」 「好きな人とかいないの?」 「い、いないよ!変なこと言わないで!」 「そんなにムキにならなくても……」 「とにかくこの話は終わり!いいね!?」 「う、うん……でどうする?」 「どうする?」 「もう少しここにいる?宗ちゃんが帰りたいなら帰るけど」 「別に帰りたいなんて言ってないでしょ!あ、あれだよ。蓮くんにも申し訳ないからちょっとエロ本を選んで持って帰ろう」 「え?また来ればいいじゃん」 「いいから持って帰るの!大和くんはいらないの!?」 「い、いるよ!そりゃもちろん!」 「じゃあ何冊か回収しよう」 宗一と大和はエロ本を読みふけり、心の琴線を鳴らすものを探した。 何冊か選び終わり、ひと息つく。 「そこらにあるエロ本は読んじゃったね」 「うん、後は別の部屋と……そこの押入れだね」 宗一は押入れを指さして明言した。 「終わった」という言葉が蓮の頭をぐるぐると回る。 宗一の足音が近づいてくる、蓮は顔を真っ青にして隣に座っている夏澄を見た。 ぎゅっと手が強く握られる。 夏澄は平然な顔をして、蓮の唇を奪った。 その行為に蓮は彼女の覚悟を見た。 彼女は受け入れているのだ、自分たちの関係がバレることさえ。 蓮は深く鼻から息を吐き、そして自分から夏澄にキスをする。 握られた手を握り返し、この先に待ち受ける自分の運命を見据えるのだ。 「こら!何をしている!!」 「わぁ!?」 しゃがれた声に後ろから呼びかけられた宗一と大和は声をあげて驚いた。 振り返ってみると神田のじいさんが仁王立ちをしている。 「この家から物音がすると思ってきてみれば……お前ら何をしてる!?」 「あ、あの……廃屋探検を……」 「ここは古いから危ないぞ!早く出なさい!」 「い、いやでも……」 「早くしなさい!」 威厳のある声で叱咤された2人は「すみませんでした!」と謝り、そそくさと家の中から出て行った。 老人も立ち去り、再びこの家には蓮と夏澄しかいなくなる。 蓮は特大の安堵のため息を吐いて、ややびくつきながら押入れを開けた。 もちろん部屋には誰もいない。 「よかったぁ……」 「よかったね、バレなくて」 「ほんとだよぉ、はぁ……おしっこちびるかと思った」 「でもこの家はもう使えないね、あのおじいちゃんが物音聞いたら来るかもしれないし」 「うん……ちょっと残念」 「私はよかったよ、ここ汚いし」 そう言って夏澄は下着を着用する。 なんの感慨もなく、ただ着衣を作業のようにこなした。 「え?もうやらないの?」 「バレたくないんでしょ?じゃあもう帰らなきゃ。またあのおじいちゃん来るよ?」 「そ、そうだよね」 彼女の言い分に納得して蓮も服を着た。 靴までちゃんと履いた蓮は夏澄を見つめる。 欲求不満の心情を訴えたのだ。 「なに?やりたいの?」 「うん」 「今日はもうおしまい。また今度にしようよ」 「だね……それは分かってるけど」 「そんなに私が好き?」 「うん……」 「でもダメだよ。わがまま言わないで。じゃあ次の予定立てておこうよ」 「夏澄ちゃんは平気なの?」 「平気って?」 「その……俺とやりたくないの?」 夏澄は「クス」っと笑って蓮の顎を撫でた。 「不安なの?」 「そうなんだ……」 「安心して、私も蓮くんとやりたいよ。正直に言ってもっとセックスしたい。けどダメなの。私たちもう中学生なんだから我慢を覚えなくちゃ」 「……だね、キスしていい?」 「いいよ」 蓮は思い切り彼女の体を抱きしめて、唇を押し付けた。 今日の別れをなかったことにするように、この瞬間を肯定するように。 だが無情にも時は流れ、何事にも終わりは来る。 キスが終わると、少々潤んだ目で蓮は俯いた。 「そんなに満足できないなら抜いてあげようか?手か口で」 「……いい」 「どうして?」 「それは……俺のためでしかないでしょ?夏澄ちゃんのためにならない」 「……優しいね」 「君に教わったんだ」 「そう……」 「俺は夏澄ちゃんと一緒にいたいよ」 「ありがと、どうしたの急に?」 「ねえ夏澄ちゃん。さっき言ってた『バレてもいい』ってどういうこと?」 「そのままの意味、バレないならそれに越したことはないけど。まっ、こういうことしてたらいつかはバレるよね。それは仕方ないかなって話」 「君に迷惑をかけちゃうね……」 「別にいいよ。お互い様だし」 「……俺、どうしたらいいんだろう?」 「なに?私に相談してるの?」 「うん……俺は夏澄ちゃんとセックスしたい。でも……夏澄ちゃんに迷惑をかけるのは嫌だ」 「じゃあどうしようか?」 「……分からない」 「そればっかりだね」 蓮は下唇を噛んだ。 夏澄は首を左右に振って、蓮の右手を両手で握る。 「そういうの嫌い」 「え?」 「責任を1人で背負い込む感じ……全然かっこよくないよ?」 「でも……夏澄ちゃん何も教えてくれないし」 「私のせいなの?」 「そういう意味じゃ……」 「誰かが教えてくれないなら自分で考えなくちゃ。それが出来てないんだよ蓮くんは……優しさがあるからね。もっと自分のことだけ考えたら?私のことなんか気にせずに自分がどうしたいか、何が大切かを考えるの。セックスとバレないこと。どっちがあなたにとって大切なの?そして決めたら片方は我慢しなきゃいけないよ。はっきり決めて、それが正しいと思ったらそうすればいいんだよ。誰の迷惑なんか考えずに」 「……無理だよ」 「意気地なし」 「夏澄ちゃんの言ってること……よくわかんないし……」 「じゃあ分かるまで考えて」 夏澄はそれだけ言って、出口に向かった。 「待って!」と蓮は彼女の動きを止める。 「夏澄ちゃんは……どうしたいの?」 「さあ、どうしたいでしょう?それも考えてみたら?」 「それはズルだよ、分かるわけない……」 「じゃあね、また会えるといいな」 夏澄は蓮の視界から消えた。 1人残された彼は、拳を握りしめて彼女の言葉を頭の中で反芻する。
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