綺麗な部分だけ見てればいいのに

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「今度のテストの点数、雄大さんに教えることになってるんだ」 「それでいい点数取ろうってわけ?気にしなきゃいいでしょ」 「違うんだ……その」 「なに?はっきり言って」 「……俺、夏澄ちゃんに勉強教えて貰ってるってことになってる」 「……ああ」 夏澄は理解した。 あの夜の電話のことを。 「その理由を聞かれて、俺夏澄ちゃんが教え上手だからって言っちゃったんだ。だから……」 「私に教えて貰ってるんだから、いい点取れって?」 「そう……」 「あの馬鹿……」 「そういう言い方は……ないんじゃないかな?」 夏澄は文庫本を閉じて、頬杖をついた。 表情は明らかに不機嫌になっている。 自分が話したことで彼女の気分を害したと思った蓮は、まったく関係ない話を振ってみた。 「あ、あのさ。聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」 「……なに?」 「えっと……結衣ちゃんどうしてるの?教室にいないみたいだけど。知ってる?」 「それ聞いてどうするの?」 「え?別にどうするってわけでもないけど」 「まあいいけど……私も知らないよ。でも2年に呼ばれてるんじゃない?」 「2年生?アカネちゃんたち?」 「そっ」 「どうして?」 「さあ?部活のことで話でもあるんじゃないの?」 「へぇ、女バレは熱心だね」 夏澄は鼻で笑った。 苛立ちを隠さぬまま机を指で何度もトントンと突く。 「夏澄ちゃんは行かなくていいの?」 「は?」 「女バレの話し合い」 「今イライラしてるから馬鹿な質問しないで」 「ご、ごめん」 気を落とす蓮を見て、夏澄は頭を掻いた。 立ち上がって蓮の隣にある宗一の席に座る。 「ごめんね……八つ当たりして」 「いいんだよ……俺も変なこと聞いたんだろうし」 「蓮くんは悪くないよ?悪いのはパパと私……だから落ち込まないで」 夏澄はそっと彼にキスをした。 それでも蓮は落ち込んだままだ。 「本当に頑張り屋だね、蓮くん」 「そうかな?」 「そうだよ、パパに言われたことは気にしないで」 「そういうわけにはいかないんだ……」 「どうして?」 「疑われてるんだ、雄大さんに。俺たちの関係」 「え?嘘」 「ううん、なんていうのかな?疑われる1歩手前?」 「とにかく勘づき始めてるってことなの?」 「たぶん……試合に行く車の中で俺と夏澄ちゃんの話になったんだ。電話のことから君に勉強を学校で教えて貰ってるって話になって……それでそんなところ見たことないって宗一くんが言って、それから付き合ってるの?みたいな……俺は違うって言ったけどね」 「……宗一くんが言ったの?」 「え?」 「宗一くんがそんなこと言ったの?」 「う、うん」 夏澄は無表情になって舌打ちをした。 「……舌打ちやめてよ、怖いから」 「あ、ごめん」 夏澄はいつも蓮に見せる穏やかな顔に戻った。 そのスムーズすぎる変貌が、蓮の目には怖く映る。 「そっか……そういうことになってるんだね」 「うん」 「じゃあ、しょうがないか」 「ん?」 「教えてあげるよ、勉強」 「……え?」 「だから私が蓮くんに勉強を教えてあげるの、もとはと言えばパパのせいだしね。その責任を私が取るの」 「でも……そんなことしてたらバレるんじゃない?俺たちのこと」 「多少は怪しまれるかもね、でも悪いことばかりじゃないよ。大義名分を手に入れたんだから。パパは私が蓮くんに勉強を教えてると思ってる。だから堂々と一緒にいられるよ。誰かにからかわれてもそのことを言えばいいんだから。困ったら私のパパの名前を出せばいい」 「……そんなものなのかな?」 「そんなものなの」 「じゃあ……お願いするよ」 「うん、任せて。テストで90点は取れるようにしてあげる」 「それは頼もしいね。俺のお母さんも喜ぶよ」 得意げな顔をする夏澄は机を密着させてきた。 肌が触れるほどの距離で、彼女は蓮に古文の活用形から教えだした。
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