別に蓮くんのことは好きじゃないよ

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ボールの弾む音、部員たちの掛け声、コーチと監督の怒声……。 窓が全て開けられた体育館の中で、蓮とその仲間たちは今日も今日とて部活動に勤しんでいた。 汗をまき散らし、喉を酷使し、気怠く酸欠寸前の体を動かしながら。 今はツーメンと言って、コーチが打つボールをレシーブしてそれをまたコーチにトスする練習だ。 2組の列を作り、自分の順番が回ってきたらレシーブする……。 左側の列の中で、蓮は袖で額の髪の汗を拭きながらレシーブをする友人を眺めている。 大きな声を出して応援しても、友人はコーチの玉を取れないようでなかなか彼らの番が終わらない。 「もう1本!」 蓮と同じ1年である大和が顔を険しくして、体勢を低くして構えている。 コーチは強烈な力で打った、大和の両腕に当たったがボールは見当違いの方向に飛んでいく。 「大和集中!」 ペアの相手である2年のユウマが声をかけた。 大和は気を引き締めて、10打目のボールをレシーブを受ける。 そのボールは遥か彼方に飛んでいった。 温まった体も冷え始めている。 蓮はそれでも必死に声を出して応援した。 友達の苦しむ顔というものは出来れば見たくないものである。 早く成功してほしかった。 「もっと声出せ!!」 キャプテンであるミナトが怒鳴るように声を発した。 それを聞いて部員たちの声がさらに盛り上がる。 「ったく……下手くそが」 ミナトが大和に毒づいた。 蓮はそれを聞いて悲しい気持ちになる。 あんなに必死に頑張っているのに、どうして貶すことができるのか彼には分からない。 しかしイライラしているのはミナトだけではないようで、ほかのものも苛つきを覚えているようだった。 エースのカイリに至ってはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。 蓮は悪感情を誤魔化すようにさらに大きな声を出した。 そしてふと、高い女の声が耳に入ってきた。 緑の大きな網で区切られたあちら側のコート、すなわち女子バレー部が練習しているコートに蓮の目は移る。 女子はアタックの練習をしているようで、ちょうど夏澄が打つ順番が回ってきたところである。 彼女は目じりをキリっと上げて、雄々しいと表現できるほどの勇ましい気合で宙を跳んだ。 172センチの長身、同年代の女子よりも2まわりほど大きな体で高い打点からボールを捉える。 ボールの上から叩くアタックは勢いと威力を伴ってコートに叩きつけられた。 激しい音と共にボールは高く跳ねる。 「ナイスキー!」という声がほかの女子部員から放たれる。 蓮はその姿に見惚れてしまった。 今まで自分のことで精いっぱいだったのに、今日は違う。 昨日の彼女の言葉が影響しているのだろう。 笑顔も満足気もない彼女……。 不満しかないような不愛想な顔で列の後尾に戻っていく。 それでも彼女は美しいと、思春期の男子は思ってしまう。 幼馴染の友人、長い間に培われてきた関係がいとも簡単に壊れてしまった。 「セックスしよう」という単純な言葉で……。 ボケッと夏澄の立ち姿を目で追っている蓮の手前にボールが叩きこまれた。 「なんだろう?」と思って顔を上げてみると、怒りに満ちた表情のコーチがこちらを睨みつけていたのだ。 「よそ見か?」 「あっ……」 すでに前にいた部員たちは自分の後方の列に並んでいた。 1人の女に夢中になっていた蓮は、自分の番が回っていたことに気づかなかったのだ。 「も、もう1本」 コーチはゆっくりと近づいてきた。 蓮は諦めて、謝罪の言葉も言わないで彼のビンタを受け入れた。
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