綺麗な部分だけ見てればいいのに

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「終わったぁぁ!!」 試験終了のチャイムが鳴った瞬間、蓮は高らかに叫んだ。 担当の教師も苦笑いする。 試験の全日程が終わり、もう蓮を束縛する勉学はないのだ。 彼は嬉しくてたまらなかった。 前回のテストでは俯き黙り、自分の頭の悪さを嫌悪するだけだったが今回は違う。 確かな手ごたえを感じた。 しっかりと勉強をすればテストは敵でなく友となる。 蓮は爽やかさだけを身に纏って、鼻で息を吸い大きく吐いた。 実に心地よい気分である。 「蓮ちゃんご機嫌だね、いい点取れそう?」 「いい点どころか分からないところがなかったよ」 「マジかよ。すごいな」 「いやぁ俺もやればできるんだなぁ。記述のミスがなかったら満点とれるかも」 「ええ?いいなぁ。俺全然分かんなかったよ」 「本当に夏澄ちゃんのおかげだよ!ありがとうね!」 笑顔でお礼を述べる蓮に、夏澄は手を挙げて応えた。 もう自由の身の蓮は立ち上がり、遠慮なく夏澄に近づく。 「夏澄ちゃんはどうだった?いい点取れそう?」 「まあそこそこ」 「ほんと?いやぁ今回は俺が勝っちゃうかもね!」 「それはないね」 「いやいやあるんだよ。マジで自信あるんだぁ!」 蓮は有頂天になって夏澄に絡み続けた。 傍目から見るとうっとおしいことこの上ないが、夏澄はどことなく嬉しそうだ。 「じゃあ放課後も釣りが出来るんじゃない?」 「え?もちろんだよ!嬉しいなぁ!」 「そう、よかったね」 「蓮くんそんなに手ごたえあったの?」 鋭い声色で話しかけてきた結衣のほうを蓮は向く。 彼女は明らかに気分が沈んでいるような顔をしていた。 「まあね!あれ?結衣ちゃん微妙だった?」 「うん?まあね」 「そっかぁ、はしゃいでごめんね。嬉しくてつい」 「いいんだよ。でも……次は私も教えてほしいな。蓮くんに」 「俺に?まあ……でも夏澄ちゃんに教えてもらったほうがいいよ。夏澄ちゃんのおかげで俺頭よくなったし」 「……そうだね」 結衣は目を伏せた。 話題に出されている夏澄も明後日の方向を向いている。 「次は俺に教えて夏澄ちゃん!そんなに効果があるなら教えてほしいなぁ」 微妙な空気になってしまったことにも構わず、大和が口を出した。 「大和には教えない」と淡泊に夏澄は返す。 「僕も……教えてほしいな」 静かな声で宗一も夏澄に頼んだ。 彼女は明らかに冷めた目を見せて、「気が向いたらね」と素気なく言う。 その態度を目の当たりにして、宗一はシュンと顔を下に向ける。 「……あれ?」 教室の空気の違和感を、流石の蓮も感じ取った。 なんとなく大気が重い気がする。 テストの出来のことでいい気分になっていた蓮も、その勢いを堰き止められる。 彼はふと夏澄の顔を見た。 夏澄はまるで空間を見るように、じっと眼前の黒板を凝視していた。
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