綺麗な部分だけ見てればいいのに

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すっかり遅くなってしまった。 だらけた練習が終わり、蓮は釣った魚をクーラーボックスに入れて帰り道を歩いている。 重い道具を持っているので自然に体の軸がぶれる。 涼しい夜とはいえ、蓮の体は汗ばんでいた。 1人で街灯もろくにない道を進んでいると、通り道にある団地に目が行った。 田舎で夜活動するものは少ない、まわりには誰もいなかった。 蓮の目は自然に団地の1室を見てしまう。 夏澄が生活しているあの部屋を。 見つめ続けたところで彼女に会えるわけないのだが、蓮は彼女を求めてしまう。 押さえられない欲望を悶々と胸の中で燻ぶらせて、自宅を目指して歩いた。 「あ、来た」 「え?」 声のしたほうを見てみる。 フェンスの向こう側から、1人の女がこちらを見ていた。 蓮はよく目を凝らす。 闇の中に立っている女が、夏澄だということに気づいた。 「……夏澄ちゃん?」 「よっ」 夏澄は気軽な挨拶をする。 思わず「うん」と蓮も返してしまった。 「釣りに行ってたんでしょ?」 「うん……なんで知ってるの?」 「宗一くんに聞いた」 「そうなんだ、何してるの?」 「蓮くんを待ってた」 「俺を?」 「うん」 夏澄は小走りでその場を離れて蓮に近づく。 目の前までやってきた彼女に改めて蓮は「こんばんは」と挨拶した。 「それで、俺を待ってたって?」 「そうだよ、ずっと待ってた」 「あそこで?風邪ひいちゃうよ」 「夏だから大丈夫だよ」 「そういうものかなぁ……それで俺に何か用事でもあるの?」 「うん」 「なに?」 「ご褒美は早い方がいいかなと思って」 「ご褒美?……それってセックス?」 「そういうところは頭が回るんだね」 「失礼だな……う、うん。やろうか」 「なに照れてんの?」 夏澄は指先で蓮の頬をつく。 思わぬ彼女との再会と提案に、蓮の心が弾んだ。 「なんだか最近、いいことばかり起こるよ」 「普段の行いがいいからじゃない?」 「そうかも」 「からかったんだよ」 呆れた顔を見せる夏澄は、蓮の荷物を1つ取り上げた。 「持ってあげるよ」 「でもけっこう重いよ?」 「いいよ気にしないで」 「ありがとう」 「じゃあ学校に行こうか、部室の窓開けてるから」 「ほんと?じゃあ行こうよ」 2人は学校に向かって歩いた。 夜の虫の声を聞きながら、コンクリートを踏んで足音を鳴らす。 「なんか……色々ありがとうね」 「どういたしまして」 「勉強のこととか、セックスのこととか」 「うん、でもまぁ。勉強に関しては蓮くんが頑張ったからだよ」 「そうかもしれないけど、夏澄ちゃんがいたから頑張れたんだ」 「よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるね」 「え?」 「まあいいや、何してほしい?」 「……それなんだけど」 「なに?」 「夏澄ちゃんがしたいことをやってほしいな」 予想外の質問に、夏澄は眉をひそめた。 蓮の意図が分からない。
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