いつまでも子供なんだから

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「2年生全員だよ、この前も言ったでしょ?」 「うん。どんなことされてるの?」 「無視されたり陰口叩かれたり、物を隠されたり偶然を装って暴力を振るわれたり、呼び出されてぐちぐち言わされたり、変な噂流されたり、ビンタされたりね。かわいいもんだよ」 「全然かわいくないよ……やり返さないの?」 「蓮くんカイリくんとかミナトにやり返せる?」 「それは……」 「そんなものだよ、別にいじめられることは珍しいものでもない。男も女も人が集まれば優劣をつけたくなる……ただそれだけ。意味なんかないよ」 「なんでみんな仲良くしないんだろうね」 「さあ?馬鹿だからじゃない?」 「……夏澄ちゃんはそれでいいの?」 「いいよ、どうすることも出来ないし。だから我慢を覚えなくちゃ」 「辛いよ、そんなの」 「じゃあどうする?蓮くんが私を助けてくれるの?」 「……うん」 「え?」 「今から行ってくる、アカネちゃんたちに夏澄ちゃんをいじめるなって言ってくるよ」 おもむろに立ち上がった蓮の腕を、夏澄は急いで掴んで引き止めた。 「ちょ、ちょっと!冗談だって!」 「俺は冗談じゃない」 手を振りほどいた蓮は、夏澄の心情などお構いなしにホールを退出しようとする。 夏澄は慌てて彼の腕をもう1度掴んだ。 「ちょっとからかっただけだって!」 「でも夏澄ちゃんは辛いんでしょ?だったら言わなきゃ」 「ちょっと落ち着いて!」 いつになく取り乱している夏澄の表情と声に、蓮は聞く耳を持った。 優しい声で窘められて、蓮も落ち着きを取り戻す。 「いい?よく聞いて蓮くん。あなたはそんなことしなくていいんだよ」 「夏澄ちゃんを助けたいんだ」 「私の問題だから放っておいていいの」 「おけないよ」 「もう……じゃあ自分のことから解決したら?」 「どういうこと?」 「蓮くんもミナトとかカイリくんに酷いことされてるでしょ?自分のことから解決しなよってこと」 「それは……ダメだよ」 「どうして?」 「だって……先輩だし」 「そうだよね、そういうものだよ。私にとっても」 「……そっか、そうだよね」 「分かってくれた?」 「うん」 「よかった、蓮くんも後先考えないでいると大好きなアカネさんにも嫌われちゃうよ?」 「もう……大好きじゃないかも」 蓮は心に決めた女性の裏の顔を知り、恋心がどろどろと溶けていく気分を味わった。 傷心する彼を見て夏澄はほくそ笑むような、哀れに思うような表情を浮かべる 「もうアカネさんのこと嫌いなの?」 「分からない……なんか信じられないんだ、アカネちゃんがそんなことするなんて」 「女なんてみんな汚いよ」 「……夏澄ちゃんは汚くなんかない」 「そうかな?」 「そうだよ」 「そうだといいね、じゃあ告白しないの?」 「告白……誰に?」 「は?アカネさんだよ」 「告白しないよ」 「私の話を聞いたから?」 「ううん、昔からするつもりなんてなかったよ。そんな自信ないし、俺なんかじゃ釣り合わないよ」 「ずいぶんあっさり言うね。もっとおどおどして言ってもいいんだよ?」 「なんでだろう……あんまり残念っていう気持ちはないな」 「心が冷めたんだよ」 「そっか、まあ……別にいいけどね」 「ふーん」とつまらなさそうに呟いた夏澄は、さっきいた場所に戻って座り込む。 蓮も追従して、隣に座った。 「今ショック?」 「分からない」 「そっ。まあ恋なんてしないほうがいいよ」 「それは違うと思う、夏澄ちゃんは本当に好きな人いないの?」 「いないよ」 「そっか、夏澄ちゃんかわいいのに」 「私のことは好きにならないの?」 蓮は顎に手を当てて考え込んだ。 じっと夏澄の顔を凝視しても、甘酸っぱい感情が浮かび上がることはない。 「夏澄ちゃんのことは……好きにならないな。なんでだろう?」 「さあ?私に聞かれても」 どことなく嬉しそうに夏澄は笑った。 蓮は小首を傾げて、彼女の笑みの意味を探る。 「何が面白いの?」 「秘密」 「教えてよ」 「もっと仲良くなったら教えてあげる」 「俺も仲良くなりたいよ、趣味は?」 「は?」 「え?」 「……そういう意味で言ったわけじゃないんだけど?」 「え?どういう意味?」 「もういいよ、趣味かぁ。別にないね」 「何もないの?」 「ないね」 「俺は釣りが好きだよ」 「知ってる」 「やっぱり今度一緒に釣りに行こうよ、きっと楽しいよ」 「……2人きりならいいよ」 「え?みんなを誘わないの?」 「うん。蓮くんと2人きりなら付き合ってあげる」 「そっか。じゃあ今度一緒に行こうね。約束だよ」 「わかった」 蓮は小指を立てて彼女に差し出した。 夏澄は半笑いになって、鼻で笑う。 「冗談でしょ?」 「どうして?」 「中学生にもなって指切りなんてしないよ」 「年齢は関係ないよ」 「馬鹿なんだからほんと」 小馬鹿にしながらも蓮と指を絡ませた。 細い小指で執り行う約束。 蓮は微笑んで「絶対だよ」と言葉を付け加える。 「もう……いつまでも子供なんだから」 「そうかな?」 「まあいいや、ってかまだ1時間半も残ってるよ……絶対こんなに掃除時間いらないし」 「好きな漫画とかないの?」 「は?」 「だから好きな漫画だよ」 「いきなりなに?」 「会話のきっかけを作ろうと思って……ダメだったかな?」 「ダメじゃないけど……漫画ねぇ、読まないね。小説はちょっと読むけど」 「そっか、俺は小説は読まないよ」 「そうなんだ」 しばしの沈黙が流れる。 蓮が提供できる話題が尽きてしまった。 男子相手ならいくらでも馬鹿なことが言えるのだが、女子に対してはどこまで、どんな話をしていいのかよく分からないのだ。 「もうネタ切れ?」 「そんなことないけど……」 「もうセックスもした仲なんだし、遠慮することないよ。ほら結衣ちゃんと話すみたいにさ」 「結衣ちゃんは……話しやすいから……いや夏澄ちゃんが話しにくいってわけじゃないんだけど」 「うん、で?」 「結衣ちゃんはけっこう話しかけてくれるでしょ?だから会話も続くんだけど……夏澄ちゃんはあんまり陽気な人間じゃないっていうか……」 「馬鹿にしてんの?」 「ご、ごめん!そういう意味じゃないんだよ!」 「じゃあどういう意味なの?ほかの意味があるなら説明してよ」 「ご、ごめんって」 身振り手振りを使って謝罪する蓮の姿が滑稽で、夏澄はクスクスと笑った。 彼女に笑われて、蓮の顔が赤くなる。 「……意地悪」 「ごめんって。まっ私と結衣ちゃんは違うしね」 「人はみんな違うよ」 「……そうだね」 柔らかい微笑を浮かべて、夏澄は蓮の髪を撫でる。 「でも趣味がないのは退屈だよ。釣りは今度行くから……漫画貸してあげようか?俺たくさん持ってるよ」 「じゃあ今度持ってきて」 「うん、感想聞かせてね」 その後も健全な会話を2人は楽しんだ。 今までの微妙な関係を氷解させるように。 時間が進むにつれて、蓮は饒舌になる。 夏澄はあくまで聞き手として相槌を打っていたが、熱が入った蓮は好きな漫画の話や釣りの自慢話などをした。 夏澄にはあまり興味のない話だが、楽しそうな彼の顔を見ているとつまらなそうな態度など見せられない。 そしてこれほどまであどけない笑顔を見せる蓮を、愛おしく思っている。 まだ暗い人間社会に毒されていない彼が夏澄には眩しく見えた。 もちろん2時間などという短い時間で彼らが親友になれるはずがない。 しかし歩み寄ったのは事実だ。 10年近く彼らの間にあった壁が、ほんの少しだけ欠けたのだ。
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