いつまでも子供なんだから

3/7

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
夏休みが始まった。 小学生の頃は歓喜したが、中学になった蓮たちにはそんなに嬉しくない長期休暇である。 休みのほとんどの日にちが部活動で埋まっているからだ。 朝から夕方まで続く練習は、体力の有り余る若人たちでもちときつすぎる。 午前は基礎体力を培うトレーニング、午後からはボールを扱った技術面の練習だ。 猛暑の光に照らされながらの練習は体にこたえる。 何日か練習をこなした蓮たちに訪れた久しぶりの休日。 今日はユウマの父親が操る船に乗ってみんなで釣りをやる日だ。 蓮はウキウキして集合場所の港に到着した。 すでに待っていたユウマと大和と宗一とタケルに挨拶する。 ほかのみなも笑顔を浮かべている。 この日を楽しみにしていたのだろう。 さっそく船に乗り込んだ蓮たちはユウマの父親に挨拶とお礼を言う。 船のエンジンがかかり、ゆっくりと船は動き出し、そして大海原へ出発した。 どんどん前に進んでいく船の上で、蓮たちはみんなで並んで海面や景色を楽しんだ。 特に蓮はこういった小型船に乗ったことがなかったので、目をキラキラさせて揺れる海原を見つめる。 「あっ!今魚が跳ねたよ!」 「そんくらいで騒ぐなよ」 「どこで釣るのがいいのかな?」 「そんなのわかんないでしょ、ユウマくん分かる?」 「俺も船で釣るのは初めてだからわかんないよ。でもあそこらへんがいいんじゃない?」 「どうして?」 「勘だよ」 わいわい話しながら釣りのポイントを決めていく。 船は海上で停止した、待ちに待った瞬間が訪れたのだ。 「おい、近いぞお前」 「いいじゃん別に」 「もっと離れろよ」 「大声出すなって、魚逃げるだろ」 「海の中まで聞こえないよ」 蓮たちは高まったテンションを隠そうともせずに、仲良くみんなで並んだまま釣り糸を垂らした。 じんわりと肌に汗が浮かぶ。 暑すぎる太陽の下、彼らは水分補給をかかさずに釣りを楽しんだ。 「おっ!きた!」 「マジで!?早いな!」 タケルはリールを巻いて魚を釣り上げた。 鮮やかな肌が光る魚をバケツに入れる。 「はっはっは!やっぱり俺は才能があるな!」 「俺だって!」 タケルが釣ったことで宗一も大和も熱くなる。 しかし蓮は隣にいるユウマの浮かない表情が気になってしまった。 「どうしたのユウマくん」 「え?何が?」 「なんか変だよ、具合でも悪いの?」 「違う違う!タケルに負けてられねえなぁって思ってさ」 「そうなんだ、俺たちも釣れるよ」 「はは!だな」 しばらく騒いでいたが、時間が経つとみな口を閉ざしていた。 つまらないわけではなく、真剣なのだ。 こんな機会は滅多にない、自分の釣り竿と釣り糸を凝視して獲物がかかるのを待つ。 「蓮……あのさ」 「ん?」 「いや……やっぱなんでもない」 「なに?言ってよ」 「大したことじゃないんだけど、夏澄って元気か?」 「え?どうして僕に聞くの?」 「同じクラスだろ?なんかこの前話したら具合悪そうにしてたからな」 「そうなの?元気そうだったけどなぁ」 「そっか……なんか悩みがあるとか言ってなかったか?」 「うーん、これといっては無いと思うけどね」 「そっか、まっ。いいさ忘れてくれ」 「なんだよユウマ、夏澄のことが気になるのか?」 「心配しただけだよ」 タケルがニヤニヤとユウマに問うた。 それを軽く笑い飛ばして、ユウマは釣り竿を強く握る。 「ユウマくん……夏澄ちゃんと付き合ってるの?」 不機嫌そうな顔で宗一が言った。 ユウマは顔の前で手を振る。 「ないない、俺そういうの興味ないし」 「でももったいないよねユウマくん。優しいしイケメンなのに彼女いないなんて」 「ああ、ユウマが彼女いないのはおかしいぜ。モエとかもろお前にアタックしてるのに無視してんのか?」 「……え?」 元気いっぱいだった大和が顔を青くした。 その変化に気づいたのは蓮だけだ。 「別にそんなことないよ。それに好きなんて一時のものだし、俺はあんまり興味が持てない」 「ムカつく野郎だ」 「ね、ねえユウマくんほんとにモエちゃんと付き合ってないの?」 「え?そうだけど、どうして?」 「い、いやぁ……」 「なんだ?大和お前モエのことが好きなのか?」 黙り込む大和を見て、タケルは彼の肩を叩きながら笑った。 大和はそんなタケルを睨みつける。 「笑わないでよ!」 「悪い悪い、別に馬鹿にしたわけじゃないんだけさ。いやぁお前がモエをなぁ」 「誰にも言わないでよ!」 「言わない言わない!ふふ……いいんじゃないか?」 大和はむすっとして前を見る。 機嫌の悪くなった大和を、タケルは必死でなだめた。 大和の想い人を知って宗一はややそわそわしていたが、蓮とユウマは表情を変えない。 ユウマは彼の肩に手を置いて、優しい声色で話しかける。 「なあ……大和」 「なに……?」 「モエが好きなのか?」 「……うん」 「そっか、かわいいもんな」 「……うん」 「安心しろ、俺はモエのことはタイプじゃない。お前の恋、叶うといいな」 「……ありがと」 少々しんみりとした空気になった。 だが誰も居心地が悪いとは思わない。 蓮の釣り針に魚が食いついた。 好きという感情について考えながら、蓮はリールを素早く巻いた。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加