いつまでも子供なんだから

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夕方になり、練習試合は終わった。 各校の先生がたにお礼の挨拶を気合を入れて済ませた後、片づけをして全員体育館を出る。 体は疲れ切っているが、胃袋は空腹を訴えている。 体育館を出た彼らは仲良くグラウンドに集まった。 蓮たちの保護者たちが、夕食の準備をしてくれている。 部員たち喜びで口元を緩ませる。 夕食はバーベキューだった。 金網が炭火で熱し始められている。 教師やコーチたちは先にテーブルに座って、和やかに談笑している。 各校の1年生たちは率先して動き、保護者達から仕事を交代してもらう。 肉を焼いたり、飲み物を紙コップに注いだり、皿や箸を配ったりで忙しい。 蓮は皿に白米をよそって、コーチや監督たちの前に置いた。 赤い肉も茶色に変色して、食べ頃になる。 腹を空かせた2年たちは遠慮せずに各々箸で掴み、胃袋の中に放り込む。 1年生は監督たちに肉を運んだりしなくてはいけないので、まだまだ食べることが出来ない。 せわしなく自分の役目をこなしていると、女子の集団が近づいてくる。 せっかくだから女バレの部員も食べて行けと、蓮たちの監督が言ったからである。 女子たちが加わり、飢えた雄たちの目がぎらつく。 他校の調子のいい男子がナンパもどきのようなことも始めた。 蓮たち1年はそれどころではなく、すきっ腹を押さえながら目上の人たちの食事を運んだ。 流石にそれではキリがなく、いつまで経っても蓮たちが食事できないので保護者たちが手伝ってくれた。 そして他校の1年たちと話し合い、時間を決めて交代で食事するものと働くものを決めようという話になった。 宗一と大和が食事にまわり、蓮は話したこともない他校の部員と協力して仕事をこなす。 この島の部員は少ないが、他校の部員は何十人もいたので仕事ならいくらでもある。 蓮は一生懸命金網に肉を置き焼いた。 焼く肉よりも食べる人数のほうが多いので、テキパキと行動しなくてはならない。 「私代わってあげるよ」 「え?」 汗を垂らしながら作業に勤しんでいた蓮に声をかけてきたのは夏澄だった。 まだ汗が渇いていないのか、前髪が少し濡れていた。 「蓮くんも食べてきなよ、私がやるからさ」 「どうして?」 「先生に手伝ってこいって言われたんだよ。私も1年だから」 蓮は集団の男の中に1人、忙しそうに動いている女子を見つけた。 結衣である。 愛想よく先生たちに受け答えして、肉などを運んでいるようだ。 「へぇ、ほんとだ」 「1年私と結衣ちゃんしかいないのに手伝ったって変わりはしないでしょ」 「うーん、礼儀的な問題じゃない?」 「だとしても意味ないよ、私は早く帰りたかったのになぁ」 「焼肉食べたくないの?」 「人の顔色伺いながら食べるごはんなんて美味しくない」 「あはは、そうかもね」 無邪気に笑う蓮に、「ちょっと詰めて」と夏澄は言った。 蓮の隣で大きくはないバーベキューコンロの上に夏澄も肉を乗せだす。 「狭くない?」 「狭いから蓮くん食べてていいよ」 「そういうわけにはいかないよ、交代の時間が来るまで働かなきゃ」 「そう、じゃあ一緒に焼こうよ」 「夏澄ちゃんも結衣ちゃんみたいにあっちで働いたら?」 「なに?私がここにいるのは迷惑だって言うの?」 「い、いや……そんなことないけど狭いから」 「嫌だよ、へこへこして先生とか知らない男子に肉持っていくなんてさ。なんで私がそんなことしなくちゃいけないの?」 「それが……ルールってものじゃない?下級生は目上の人に尽くすっていうか……礼儀っていうか」 「私たちは奴隷じゃないんだよ、別に何の恩があるわけでもないのに」 「そう言われるとそうだね」 「だから部活なんてしたくないんだよ、さっさと島を出たいね」 「でも仕方ないよ……あれ?この話したことあるような気がする」 「したよ、海で会った時に」 「ああそっか、思い出した」 「ほらそれ焼きすぎ、裏返して」 「ん?ほんとだ」 蓮はトングを使って肉を裏返した。 夏澄の言う通り焼き過ぎていて、黒いこげめが出来てしまっている。 「あちゃー、失敗した」 「誰も気にしないよ」 「それもそうだね」 「あと、面白かったよ」 「何が?」 「貸してくれた漫画」 「あ!読んだの!?どこまで?」 「なんか……二刀流の人が出てきたところまで」 「『ザディアン』だね!じゃあ6巻くらいかな?」 「たぶん」 「いやぁあのキャラ俺大好きなんだよ!これからもっと面白くなるよ!」 「面白くなるのはいいけど、あれ全部で40冊くらいあったよね?」 「うん、全37巻だね」 「ってかさ、普通全部まとめて持ってくる?何冊かずつ持ってくるものじゃないの?置き場に困ってるんだけど、持って帰るのも大変だったし」 「そうなの?それは悪いことをしたなぁ」 「思ってないでしょ?」 「えへへ、バレた?早く読んでほしくてさ」 「まったく、でも面白かったから許してあげるよ」 「ありがと!」 肉を焼く手はおろそかになったが、2人は楽しく話した。 夏澄も子供っぽく笑って、それを見るたびに蓮も心が温かくなった。 部員たちのやかましさの中会話をしていると、とある男が近づいてきた。 「なにやってんだ蓮、早く焼けよ」 「あ、ミナトくん」 「みんな焼けるの待ってるのに何話してんだ」 「ごめん、今焼くよ」 「夏澄も蓮の邪魔すんなよ、肉焼くやつ足りてんだから運べ」 夏澄は言い返さずに軽くミナトを睨みつけた。 ミナトはニヤニヤしながら蓮の腕を意味もなく叩いた。 「ってかなに?付き合ってんのお前ら?」 「付き合ってないよ」 「雄大さんに言いつけてやろうか?」 嫌らしく表情を歪ませたミナトは、雄大に向かって大声をあげた。 「雄大さーん!蓮と夏澄付き合ってますよぉ!」 ミナトは得意げに叫んだが、雄大はすでに酒を飲んでゲラゲラと笑っていた。 それと監督たちや一緒に飲んでいる保護者たちの笑い声のせいで、ミナトの声は届かない。 「ちっ、聞けよ」 毒づいたミナトは口を半開きにして蓮を見た。 流石の蓮も不快感を覚えて、彼を睨み返す。 「なんだお前その眼……まじムカつくな。さっさと焼けよボケ」 ミナトは苛立ち気にこの場を立ち去っていく。 やや苛ついている蓮の心境を代弁するように、ぼそりと夏澄は呟いた。 「ゴミ……」 「ちょっと夏澄ちゃん……」 「あんなのが親戚だなんて恥ずかしいよ、八方美人のゴマすり野郎が。蓮くんもあんな風になっちゃダメだよ?」 「俺はならないよ」 「くくく……だね」 「ミナトくんのこと嫌いなの?」 「みんな嫌いだよ、女子も男子も」 「そうかな?カイリくんとかは仲良くしてるけど」 「そう見せてるだけだよ、カイリくんもゴミだけどミナトよりはマシ」 「ひどいなぁ」 「事実だよ」 「今度2人でミナトを海に沈めない?重りつけてさ」 「あはは、いいかもね。宗一くんも呼ぼうよ」 「……なんで宗一くん?」 「宗一くんもミナトくんのこと嫌いだし」 「ああ……そっちね」 「でも可哀そうだよ……いつもミナトくんにいじられてさ」 「言い返せないからだろうね、流すことも出来ないし。まっそれは宗一くんの問題だよ」 「そうかな?俺も力になりたいよ」 「出来もしないくせに、本当にそう思ってるならもうとっくに行動してるはずでしょ?」 「……うん、そうだね。怖いよミナトくんのことが」 「……いいんじゃない別に。怖いと思ったって恥ずかしいことじゃないんだから」 「うん……」 「ほら落ち込まないで。あいつのことで落ち込むなんて時間の無駄だよ」 「うん……だね。ねえ夏澄ちゃん」 「なぁに?」 「お願いがあるんだけど」 「ん?」 「今日、俺の家に来ない?」 いきなりの誘いに夏澄は面食らったが、すぐに笑って「いいよ」と答えた。
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