別に蓮くんのことは好きじゃないよ

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家に帰ってシャワーを浴びた蓮は、擦り切れかけている濃紺のTシャツと短パンを履いてテクテクと歩いて夏澄の住んでいる団地を目指した。 コソ泥のようにこそこそと団地に入る。 ここに入るのは本当に久しぶりだった。 普段用事などないので訪れないのである。 最後に来たのは同じクラスメイトの女子、結衣の部屋に遊びに行ったときだ。 あれは小学3年生のときだったかな?なんて蓮は記憶を探ってみた。 なんとなく気恥ずかしく、後ろめたいので蓮は誰にも会いたくなかった。 田舎では情報はみんなのものだ。 どこで何をしても1人の住人に見つかるとすぐに口コミで拡散される。 なるべく足音を立てずに階段を上る。 子供用のおもちゃや小さなバケツが散乱している。 踏まぬように蓮は3階に辿り着いた。 そして教えて貰った通り、左側を進む。 「……ここだね」 316号室、表札には「高坂」と書かれている。 蓮はなんだかお腹が痛くなってきた。 緊張と期待で体調が悪くなる。 チャイムを押そうと思ったがためらった。 この部屋に自分が入ったという痕跡を少しでも残したくなかったのだ。 セックス……。 成長期を迎え、少しずつでも性への知識や欲望が溜まってきた蓮には酷く甘美な響きに思えた。 スマホやパソコンなどは持っていないので、彼は正確な情報を持っていない。 だが性欲は芽生え始めている。 ムラムラと股間の当たりが疼き始めている。 男女が裸で交わる儀式……。 彼はやりかたや、女性器の構造などは全く知らない。 それでも蓮は緊張していた。 チャイムを押すのをやめて、ドアをノックすることにしようと考えた。 しかしこれもためらった。 とにかく音を出すという行為を避けたいのだ。 「よ、よし……」 少し行儀が悪いと蓮自身も思ったが、何の合図を送らずにドアを開けることに決めた。 古びたドアに手を伸ばし、ゆっくりと引く。 「ギィー」と神経質になっている蓮には勘弁してほしい不快な音が鳴った。 中を覗くと玄関は薄暗かった。 電気はつけていないようで、陽の光だけが視界を照らす。 男ものの大きな靴が散乱し、女ものの小綺麗な靴は整理されている。 蓮の心臓が激しく動き出した。 「か、夏澄ちゃぁん?」 蓮は声をかけてみた。 しかし反応はない。 蓮はドアを閉めて、完全に部屋の中に入った。 誰もいなければ立派な不法侵入だが、ここまで来てもう引き返すことはできない。 「夏澄ちゃーん……来たよ。蓮だよ」 ペタペタと軽い足音が聞こえてきた。 リビングからひょこっと顔を出した夏澄は、どことなく嬉しそうな表情で蓮を出迎えてくれた。 「あ、蓮くん。来たんだ」 「う、うん……でどうすればいい?」 「とりあえず上がってよ」 「そ、そうだね」 緊張でぎこちなくなった動きで彼は靴を脱いで揃えて置いた。 上がり框を越えて、恐る恐るリビングに入る。 リビングは明かりがついていて、テレビには音声のボリュームを落とした映像が映し出されている。 「ごめんね、来てもらって」 「いや……いいんだ」 「とりあえず座って、喉渇いた?」 「あ、いや……まぁうん」 「ふふ、どっち?」 「えっと、渇いたかな……」 「緊張しすぎだよ」 夏澄は笑って、冷蔵庫から麦茶を取り出した。 1つのコップになみなみと注いで、ソファーに座った蓮に手渡す。 「あ、ありがとう」 蓮は一気に半分ほど飲みほした。 冷たい水分を摂取したことで、気持ちも落ち着き始める。 「普通、テーブルのほうに座らない?」 「え?」 「ソファーじゃなくて、テーブルのほうの椅子に座ると思うんだけど」 「あ、そうなの?じゃあ移動するよ」 「いいよもう、そこにいて」 立ち上がろうとした蓮だが、夏澄に片手で肩をやんわりと押さえられた。 ソファーに座ったまま、ちびちびと麦茶を飲む。 彼はじっと夏澄を見上げていた。 自分よりも背の高い彼女は、部活のときの勇ましい顔ではなく少女の優しい顔だった。 「隣座るね」 夏澄は臀部をソファーに沈み込ませる。 決して蓮の体に触れることなく。 確かな空間の境界線に区切られている2人は、5分ほど何も言わずに前方の棚や壁などを見つめている。 蓮はもじもじとしてチラチラと横に座っている夏澄を盗み見る。 自分がどう動けば正解なのか、それすらも分からない。 「大丈夫だった?」 唐突な彼女からの質問、蓮は返しがワンテンポ遅れた。
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