3 あしたの音

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「腹いっぱいになったら、睡魔が。すいません……寝ていいですか」 「どうぞ」  ベンチにごろんと転がった小木が呟いた。「遺伝子のせい。自分だけ生き残ったのは罰でも恩恵でも、試練でも使命でもなく、ただ、遺伝子のせい。そう思ったら、ちょっと楽に。だから、のんびり行きましょう。北海道」  もぞもぞと背中が動き、すぐに寝息が聞こえ始めた。 「……ありがとう、ございます」  赤く燃える炭がパチンと音を立てた。  小木は察したのかもしれない。私が死のうとしていたことを。もしかしたら、過去に彼も同じことを考えて、けれどなんとか踏みとどまってここにたどり着いたのかもしれない。  私は焚火の明かりに向かって手のひらを広げた。 「ラルフ・ファクター……か」  遺伝子のシャッフルが作りだした、生き延びるための手札。あの国のリーダーが切った、最強のカードにも対抗した組み合わせ。  カレーを平らげ、私もベンチに仰向けになった。ちょうど天の川がぼんやりと頭上を流れている。  一番「侑樹」っぽい星を探して、私はその白く瞬く星に両手を伸ばした。  しびれるまで手を上げ、その手を胸で組んで目を閉じると、私もすぐ眠気に誘われた。すうっと眠りに落ちかけた耳に、侑樹の囁く声がした。  ――もう謝らなくていいって。  はっと目を開けた。けれど、見えたのは仄かに熱を放つ熾火だけ。  私は腕を枕にふたたび目を閉じた。  耳に、別の音が響いてくる。自分の内側から。  静まり返った世界で、かすかに、けれど確かに鳴っている、私の鼓動。  あしたをつくる音だ。
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