3 あしたの音

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 パックご飯にかけたカレーをプラスチックのスプーンですくう。ふわりと白い湯気が上がる。さっきから私も小木も、じっくり味わうように黙々と食べている。  久しぶりに感じる、火傷しそうな熱さとヒリヒリした辛さ。食事をしている人間が隣にいる不思議さ。それが胃に落ちていく。食事の記憶がふた月ぶん、抜けている。  私はスプーンを動かす手を止めた。  小木はどれくらいの時間、独りだったんだろう。  顔を上げると、彼の手も止まっていた。私の視線に気づいたように、再びカレーを口に運びながら、ぽつりと言った。 「北海道でも見つかるといいですね。ラルフ・ファクターの人」 「ラルフ・ファクター?」 「ええ。ネットがまだ生きてた時に見た記事なんですけど」  小木はカレーをかっこむと、遠くを見るような目を焚火に向けた。続きを話し始めた彼の声は一段低かった。 「妻も、親も。会社の人も、どんどん、みんな死んでいって。なんで僕だけ生き残ってるんだろう。そう思って。部屋に籠ってメシも食わず、そういう記事ばかり漁ってた。いろんなデマも拡散して時だったから、本当かどうかは分からないけど」  小木は声の調子を明るく戻した。 「外国の話です。病原体に曝露され続けたのに、感染しなかった男がいた。ラルフ、かっこ仮名。調べたら、彼のもつMHCは独特で……数千万人に一人、だったかな。それが感染を免れている原因かもしれない、と。それが、ラルフ・ファクター」 「MHC?」  私がまた尋ねると、小木は考え込むように星空を仰いだ。 「病原体への抵抗力を決める遺伝子、的な感じの説明だったかな」  そこまで言って、小木が「ふああ」とあくびをして両腕を伸ばした。
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