ネズミ小僧

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ネズミ小僧

 それから二時間後の事である。二人の男がアパートの一室で缶ビールを交わしていた。 「あなたの笛、見事だったよね、警備員さんの笛ってあんな風に使うんだ」 「今のご時世、変なのいるからね、下手なこと言ったりするよりも、案外効果があったりしてね、サッカーなんか審判の笛って監督の怒鳴り声よりも怖いらしいですよ」 「ところで、どうしてあんな怖い兄さんに追われていたんですか? あなたもその筋の人ですか?」 「いいえ、私は現代のネズミ小僧ってとこかな、自分で言っちゃった・・いや、もうそれ以上は聴かないで・・であなたの方は?」 「私ですか? 私は国語の教諭だったんですがね、ちょっと生徒と仲良くなりすぎちゃって、ホントお恥ずかしい」 「で・・首ってことですか?」 「お察しの通りで、人生やり直しってとこですかね、と言ってもやり始めたばっかりですがね」 今夜会ったばかりの二人がしかも片や闇金業者に追いかけられ、片や懲戒免職だなんて・・そうか普通でないところが意気投合した原因だったようである。 「やり始めって?何やってんですが?良ければ教えてください」 「投資ですよ、仮想通貨や先物取引など・・でも昼夜アルバイトしてもまだまだ軍資金が・・コツコツ行きます」 「それ、俺も乗っけて欲しいな? いや今夜、命を助けてもらったお礼にこれ全部あなたに掛けてみますか?」 男はそう言ううと、カバンを開けることなく警備員に全てを託した。 「どうせ、悪徳社会のあぶく銭だ、気兼ねなく使ってもらって大丈夫だよ・・じゃぁ俺はこの辺で帰るわ!」 「えっ、初対面のあなたに、いきなりこんな・・それに投資してくれるなら名前も聞かせてもらわないと・」 「名前か? そうだな、『ネズミ小僧』とでも言っとくか⁉」 ホント、現代版ネズミ小僧だよね。 えっ!ネズミ小僧なんて聞いたことが無い? その昔の江戸時代、悪代官と言えば、互いが暴利をむさぼる悪徳商人がつきものだった。 その悪徳商人を懲らしめるべく、泥棒に入っては、その金を貧しい長屋の住民にばら撒いて歩いたと言うのがネズミ小僧だよ。 頭から手拭いで頬被(ほっかぶ)りしてる・・あれさ、聞いたこと有りませんかね? ・・・・・
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