プロローグ「城之内ヒロシ」

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プロローグ「城之内ヒロシ」

 ここは都内某所にあるビルの屋上。  社会人10年目に差し掛かる一人の男が寂しげな顔で登っていた。  彼は入社当初は営業でバリバリと働いていたのだが、2年前に30歳になるのに合わせて管理部に移動。  最初はものは試しにと軽い気持ちで引き受けたことを後悔し、今にも飛び降り自殺してしまいそうだ。  彼は今のところ自殺する気がないので悲劇は起こらないが、一歩間違えば挽肉になるのは時間の問題だろう。 「あれが城之内ヒロシね。たしかに病んでいるわ」  そんな彼を別のビルから双眼鏡で覗いている銀髪の女性がこの話の軸である。  彼女の名はフェイト。  職業は転職エージェント。  ただし彼女が勧める転職は風変わり。 「あの人を何が何でもオーザムに連れていって冒険者ギルドに入れろだなんて、ブラフマンもまた無茶なことを言うわね。まあ……失敗したので世界が一つ滅びました、貴女の責任ですと、ネチネチと言われることを思えばやるしかないんだけれど」  上司にボヤきながらも鋼線を使ってビルの屋上伝いに彼のもとに向かうフェイトはさながら蜘蛛女か。  音も極力たてずに舞い降りてきたフェイトの姿を偶然その目に捉えた彼は思わず呟いていた。 「はいていない?」  ベージュの下着を誤認する彼が夜のお店以外で女性の下着を見たのはこれが初めてのことだった。  そんな彼も一ヶ月後にはこの通り── 「ヒロシ! 今日は北のダンジョンに行こうぜ」 「ヒロシはあたしのモノなのだから、あなたについていくわけがないでしょうが」  二人の女性が異世界で冒険者となった彼を取り合うようになっていた。  こうなったのもヒロシがこの二人ともバッチリ関係を持った二股だからに他ならない。  彼女たちは異世界から来た冒険者のヒロシに惚れており、互いに相手を妾と見なして自分が正妻だと主張する関係である。  いちおうこの世界にも婚姻制度が存在するが、まだヒロシは誰とも結婚していない。  それというのも、ヒロシはまだこの世界に定住していない、週末だけの来訪者に過ぎないからだ。  フェイトの手引で手に入れた異世界というセカンドワーク。  これで力を得て、女を知り、今までの仕事にもメリハリを得られたのは、ひとえにフェイトを差し向けたブラフマンの采配だった。  もし彼が異世界に行かなければ、彼は病んだ末に己で命を断っていたであろう。  もし彼が異世界に行かなければ、ある理由でこの世界は滅んでいたであろう。  ブラフマンは世界を超えた転職活動を通して、双方を救う神である。
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