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Ⅲ.ロスト・アングルの真意(4/5)
宮岡は焦った様子で小走りに近づいてくる。
「ごめん、俺、遅かったかな」
「ううん、私が早く着いちゃっただけ」
宮岡は一歩下がって、私のことをじっと見た。
……なんだよ。やめてよ。
「あ、ゴメン……なんか不思議で。俺が仲西さんとこうやって会うなんて」
「別に……普通でしょ」
「いやいや、俺にとっては感慨深いんだ」
「やめてよ、そういうの」
私は恥ずかしいやらなにやらで、先に歩き始めた。宮岡は軽く笑いながら私の後を追ってくる。
宮岡でなければ、とんだ軽口を叩く男だと思っているだろう。でもなぜだか宮岡だとそれも心地いいから不思議だ。変な下心を感じないからだろうか。
そのまま駅に着いた私達は、下り方面の電車に乗った。この時間だと車内は空いており、二人共座ることが出来た。
拳2つ分くらいの隙間をとって横に座っている宮岡が、こちらを向く。
「仲西さんさ、俺と何年の時、同じクラスだったか覚えてる?」
「え……中2、くらい?」
「ブブー、中1でした。ひどいなあ」
「ごめん、私あんまりクラス関係なく動き回ってたから……」
「冗談冗談、全然気にしてないよ。そんな気がしてたし」
宮岡はケタケタと笑った。なんだよ私は傷付けたかと思って焦ったのに。
拍子抜けしている私に少し目配せしてから正面を向き、宮岡は続ける。
「……俺にとっては衝撃だったから、よく覚えてるんだ。うちの中学って、5つくらいの小学校から集まってくるでしょ。俺の英心小って一番人数が少なくて地味だった」
「へえ宮岡って英心小だったんだ」
「そう。そんで船河小は一番規模がデカくて、なーんか皆お洒落で大人っぽく見えて。同じ地元なのに、何だこの差はって。仲西さんも船河でしょ」
「いや、そんな変わらないと思うけど。ただ人数多いだけだよ」
宮岡は『分かってないな』みたいに頭を振る。
英心の宮岡は何らかの疎外感を感じていたらしいが、船河の私としては全くそんなことは意識したこともなかった。
「全然違ったよ。垢抜けてるっていうか。そのなかでも、中1の教室で初めて仲西さんと話した時、あれが衝撃だったんだ」
「……なに?」
「俺、仲西さんの斜め後ろの席だったんだけど、二時間目が終わったあたりで、急に仲西さんが俺の方に振り返ってきた」
「それで?」
まるで他人のエピソードトークなんだけど、これって私は当事者なんだよね。全然そんな感じしなくて、なんだか悔しい。
「仲西さん言ったんだ、『なんかお腹すくよねー』って。そんで困ったみたいな顔しながら、笑ったんだ。それがすごい眩しくて、天使みたいだなって」
「いや、やめてよ本当に! こっちが恥ずかしい、言い過ぎだって」
「ごめん、ちょっと気持ち悪いよな……」
「いや……気持ち悪くはないけど……ただ、恥ずかしいって……」
面と向かって天使とか言うか、普通。私は顔から火が出そうな気分。
宮岡の表現は直球だったり独特だったりで、私は翻弄されっぱなしだ。宇宙人とか天使とか、宮岡の中での私はなぜいつも人智を超えているのか。
そして私はとんだ『食いキャラ』じゃないか。それも恥ずかしかった。
「でも本当なんだ。あれからずっと、仲西さんは俺の憧れの存在って感じで――」
流石の直球少年宮岡も、今のはちと火の玉ストレートが過ぎたと自覚したのか、照れくさそうに言葉を切って、反対側を向いた。
なんかずっと褒められてるというか、宮岡ペースで話を進められて、このままだとまずい。何がまずいのかはよく分からないけど、まずい。
私は少し意地悪なことを言ってみた。
「……そんな風に思ってくれてたんなら、何で卒アルに落書きしたのよ」
「え……あれ、覚えてるの?」
宮岡は目を丸くして、顔を引きつらせた。
「もちろん。私、卒アル好きでよく見るの」
「うっそ、いやあ、まずいな。変なこと書くもんじゃないね」
「そうだよ。一生物なんだよ」
宮岡は申し訳無さそうに下を向くと、上目遣いに言う。
「……忘れてくれない? そして消させてくれない?」
「じゃあ、あれの意味を教えてくれたら、そうしてあげる」
「意味って言われても……」
宮岡は口ごもった。
言いにくいことなんだろうな。分かる分かる。
ついにあの、謎の『ロスト・アングル』の意味が分かる時が来た。
ううん。実際には予測は付いているんだけど、それが本人の口から、どう語られるのか、私はそれが気になっていた。
人から見て、どう『ロスト・アングル』だったのか知りたかったのだ。
――しかし、宮岡の口から語られたのは、予想外の言葉だった。
「意味って言われても、今言った通りっていうか……」
「……え?」
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