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Ⅳ.私達の着地点(5/5)
宮岡は立ち上がると、綾音を見据えながら言った。
「富川、今なんて言った?」
「はあ? 意味わかんないんだけど、なに?」
「仲西さんに対して、ひどいこと言ったよな」
「あーそうだった? ごめんねー」
乾いた声音で、全くの反省の念を感じない『ごめんね』を発した綾音。宮岡はそんな態度に対して、尚も詰め寄って行く。
「俺は富川のこと可愛いとか全然思わない。みんなは可愛いって言ってるけど、俺はそういうひどいこと言う富川のことは嫌いだ」
綾音は目を剥いて宮岡を睨みつけると、胸のあたりをどんと押した。
空いている車内だったが、私達の小競り合いは注目を集め始めていた。
「ふざけんなよ! なんで私がそんなこと言われなきゃいけないわけ? なに、あんたら付き合ってんの? それで彼女罵られて怒っちゃったみたいな? いいねー」
「あ、綾音ごめん! そんなんじゃないから!」
思わず私も割って入った。なんか宮岡に悪いし。
綾音は私を見据えると鼻で笑った。
「良かったねートウコちゃん。学校ではひたすら存在消してるけど、ちゃんと見てくれる人が出来たみたいで」
「……そう、だね」
それしか言い返さない私。情けないと思うけど、今の綾音に何言ったって変わりはしないと思う。だからさっさと、嵐みたいに過ぎ去ってほしい。
そんな中、私の背後から宮岡が発した。
「……仲西さん、学校で存在消してるんだ。理由は分からないけど、俺にとってはすごい良かった。お陰で他の男に見つからずにいてくれたから」
そこまで言うと私を押しのけて、ずいと前に出てくる。
「――あと、富川とも仲良くないみたいで良かった。そういうやつが周りにいると、仲西さん、また宇宙人になっちゃうし」
綾音は眉をハの字にして、すごくムカつく顔で言う。
「はあ? 宮岡、あたおかなの? 意味不明だわ」
「分かんなくていい。分かる人にだけ、伝わればいい」
淡々と返す宮岡に対し、綾音は意味不明とばかりに両手を上げると、吐き捨てるように言い放つ。
「ま、なんでもいいけど、関係ないし」
綾音は言い終えると、煙草の煙でも吐き出すようにフーっと息を吐き、踵を返した。元来た方向に引き返して行くらしい。
私はこんなカオス状態の中でも、宮岡の言葉がただただ嬉しかった。
真っ直ぐに思ったことを言えることが、改めてすごいなって思った。
……それなのに私は、好きな人の前で罵られても、悔しくても、何の罪滅ぼしか知らないけど、ずっと我慢してばっかりで。
こんなの達観しているって言わない。ただ逃げているだけだ。チキンだ。
こんなんじゃ、駄目だよね。
私、正直少年の相手に相応しくないよね。
――気付くと私は、去っていく綾音に向かって叫んでいた。
「綾音!!!」
眉間に皺を寄せながら、綾音が振り返る。
私は久しぶりに、感情のギアを全力でハイにして発した。
「別に私のこと馬鹿にしててもいいから、もう何かと絡んでこないで! あんたがくっそダサかった頃のことも全部黙ってやってんだからさ、そんくらい、いいでしょ!」
その勢いに、綾音は目を見開いて怯んだ様子を見せた。
今の一瞬だけ、私は宇宙人に戻って、綾音は金魚のフンに戻ったみたいに。
綾音はハッとして我に返ると、慌てて叫び返す。
「だ、だから私には関係ないし! 別に絡むつもりもないし!」
綾音はプイッと私達から目を切ると、ツカツカと歩いて行った。
私達は、綾音の去って行く背中を無言で見つめた。
……言ってやった。
今まで出来なかったことを、私はあっさりしてしまった。
こんなの、宮岡なしではあり得なかっただろう。
この車両は、今や変な空気に包まれている。高校生同士の口喧嘩が行われていたのだから、無理もない。気付けば眠そうだったサラリーマンも、ぱっちり目を開けて、スマホとこちらを交互に見る有様だ。
そんな余韻も残った注目の最中、宮岡が私の肩に手を置いて、私を振り向かせた。そして発した。
「……俺、仲西さんのことが、好きだよ」
「え!? 今!?」
驚いている私とは対象的に、宮岡は真剣な眼差しで見つめてくる。
絶対、おかしいのは宮岡だ。ベビーカーのお母さんだって、目を丸くしながら口を手で覆っているし、やっぱり宮岡がおかしいんだ。でも――。
「――私も、宮岡のことが、好き」
そのまま私は、宮岡の胸に飛び込んだ。周囲の目なんて気にならなかった。
天使なのか宇宙人なのか定かではないけど、私は、いや私達は、いるべきところにしっかり着地できたような気がする。
……宮岡の匂いがする。初めてのはずが、すごく安心出来る香り。
私はすごく良い人と、巡り会えたんだ。本能が嗅覚を通じて、そう言っているみたい。
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