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Ⅰ.再会(4/5)
スタンドを蹴り上げて自転車に飛び乗った私は、想像よりも炎天に熱せられたサドルで火傷するかと思った。
しかしクーラーで冷えきった私の尻には敵わなかったらしく、今は普通に自転車に跨ることが出来ている。
こうした小さな勝利を重ねることが、昨今の酷暑を乗り切る秘訣だ。
スコールまでは自転車で10分もかからない。流石に私の体力気力もその程度は持ち合わせているはずだ。
洋食屋・スコールは昔から家族でよく行っていたお店だ。
小さい頃『外食』って聞いたら、弟と一緒に『スコール! スコール!』と合唱していたくらい定番だった。
だが弟も中学生になって『家族と外で飯なんて食えっかよ』みたいな、見えない心の革ジャンを羽織ってしまい、最近はあまり行けていない。
という訳で、私は割と楽しみになってきていた。
なにせスコールのハンバーグは美味しい。ママには悪いけど家のハンバーグとは勝負にならない。あれに舌鼓を打てるのは単純にテンションが上がる。
そして暑さを毛嫌いしていたが、自転車で外を走るのも案外清々しかった。
いい気分転換になったな、なんてポジティブな気持ちのままペダルを漕ぎ続けていると、あっという間に目的地にが見えてくる。
私はスコールの看板の横に自転車を停めると、くもりガラス越しの店内に目を遣った。幸いにも混んでいるようには見えない。
――カランカラン。
ガラス扉を押し開けると、乾いたベルの音がして、いかにも昔ながらの隠れ家的お店に来た、という感じがした。
全体を木目調に統一された店内は、クーラーの力も手伝って、何とも気持ちのいい涼しさを感じさせてくれる。
「いらっしゃいませ。1名様でよろし――仲西……さん?」
近づいてきたボーイが、私の名を呼んだことに面食らう。
こんなところに知り合いなどいないはずだ。そのはずだったのに。
「……え?」
「仲西さん、だよね。俺、中学同じだった、宮岡」
「み、宮岡!?」
……宮岡……だと?
その名を聞けば、その全てが卒アルを想起させる。
私に対し、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった私に対し、例の『ロストアングル(笑)』なる戯言を、一生物の記念品に書いてくれた、あの宮岡だ。
「びっくりした、すごい久しぶりだよね、仲西さんと会うの」
「あ、あの、うん。そう……だね」
……いつでも一発言ってやりたかった相手。
その宮岡に対し、私がこのように口ごもって勢いを落としてしまった理由として、2つの事柄が考えられます。
1つ。
意表を突かれてしまった事。今日同級生に会うなんて聞いてない。
2つ。
宮岡も高校でステータスを格段に上げたタイプだったという事。
2つ目がやばい。
明らかに背は伸びてるし、黒髪センターパートが決まってるし、その髪の間から覗く顔立ちも、スッキリして嫌味のない爽やかボーイだし。
あれ、宮岡ってこんなだった?
何か地味な野球部員Aみたいなイメージだったのに、こんなに爆イケ化してたら私、私……!
なんて。
落ち着こう。とりあえず普通にして、そうだ、ご飯を食べなきゃ。
平常心、平常心。私は高校で現実を見た、達観した。
だからここでも、冷静に行動出来る。
……かなあ。
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