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Ⅰ.再会(5/5)
私は心の中で、自分の頬に腫れ上がるほどの往復ビンタを入れた。
――よし、いける。
その勢いで声帯を振り絞って声を出す。
「あの、そこのカウンター席に座ってもよくて?」
「あ、はい、どうぞー」
オッケー。言えた言えた。何か貴族っぽくなった気もしないでもないけど、とりあえずは席に着くことが出来た。ミッション完了。
すると、カウンターに腰を下ろした私を覗き込んで、中にいたマスターが声を上げた。
「あれ、仲西さんとこの、トウコちゃん!?」
「あ、はい。お久しぶりです」
余所行きの笑顔で軽く会釈する。宮岡が不思議そうに首を傾げる。
「マスター、仲西さん知ってるんですか?」
「知ってるも何も、こーんなちっちゃい頃からよく来てくれてる常連さんよ」
「へえ、そうなんだ。いいですね、そういうの」
マスターが身振り手振りで私との緊密さをアピールすると、宮岡も素直に感心した様子だった。マスターと同じく白いコックコートに身を包み、黒いコックタイを巻いている宮岡の姿は、顔面の爽やかさも手伝って反則的に様になっている。
「じゃあ常連の仲西さん、ご注文も既に決まってたりするの?」
「え!? あ、まあね」
いや突然私に振るなって。挙動不審になっちゃうから。
宮岡のくせに。落書き野郎のくせに。
「……久しぶりだから、ハンバーグが食べたい、かな」
「さすが常連さん、いいの知ってるね――ハンバーグお願いします!」
「聞こえてるよ馬鹿! それにな、トウコちゃんはハンバーグだって、何年も前から決まってんだよ! なあトウコちゃん!」
「あはは。そうですね」
いやあ、勢い凄いわ。洋食屋のテンション凄いわ。
完全に気圧されている私を他所に、マスターと宮岡は手と口を動かす。
「ユウとトウコちゃんは同級生なのか?」
「はい、中学で同じだったんです」
ユウ……。そうか、コイツ、宮岡ユウだったな。
「良いよなあ同級生って! まさか……元カノだったりすんのか?」
「んな訳ないじゃないっすか、だったらとっくに自慢してますよ!」
……宮岡よ、お世辞まで身につけたか。
自慢出来たのも今は昔。私は既に陰の者に成り果てているんだよ。
「まあ他に客もいないからよ、お前そっちで話してていいぞ」
「ええ!? あ、そうか、はい、わかり……ました」
少し取り乱した宮岡。そういう反応もするんだなって少し安心した。
ていうか、何この状況。マスターなんのパス出してくれてんの。
こんなことになるなんて考えてないから、私身支度10分なんだってば。
「……あの、横座っても、いい?」
宮岡は私の横に立つと、目を合わせずにそう言った。
「……うん」
私はその二文字だけを辛うじて返した。
いや『うん』じゃないんだよ……。
どうしよ。
心臓が血液にサンドバックにされてるみたいに、ドンドン鳴った。
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