4 希望、溶け消えて ① @夏希 ※夏希ではないですが無理矢理表現あり

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4 希望、溶け消えて ① @夏希 ※夏希ではないですが無理矢理表現あり

 オレの母さんは昔、城戸家でお手伝いとして働いていた。皆いい人ばかりで、特に当時の当主であるオレのおじいちゃんにあたる人は仏さまみたいな人だったんだって。  城戸家で働き始めたのもおじいちゃんに助けられたことがあって、そのご縁でということだった。  母さんは後に起こった色々があっても、おじいちゃんには感謝の気持ちしかないって言っていた。オレも一度くらいは会ってみたかったな……。  だけど、そのおじいちゃんが亡くなったことで事態は一変して、悪夢が始まってしまった。  当主になった城戸 泰明(きど やすあき)が本性を現したのだ。  以前から城戸からの性的な視線を感じることはあったけれど、決定的なことはなにもなかったことから母さんは、若いのだからそういうこともあるだろうくらいに思ってしまったと言う。大恩あるおじいちゃんの息子だという点も大きく影響していたのだろう。  だけど、それは単におじいちゃんが城戸のことをうまく管理できていたからにすぎなかったのだと分かったのは、一番最悪な形でだった。  城戸は抑えていたものを一気に爆発させ、よりにもよっておじいちゃんが亡くなった日の夜、蛮行に及んだんだ――。  母さんの意思なんて関係ない、その日から来る日も来る日もいたぶるように城戸は母さんを犯し続けた。天国にいる父親に見せつけるみたいに――。  ふたりの間に愛なんてものはひと欠片もありはしないのに、避妊もせずやることをやっていれば当然と言えば当然の結果、母さんはオレを身籠ってしまった。  知られてしまえば無理矢理堕胎されるか、取り上げられてしまうだろうと考えた母さんは、城戸のことは憎いけれどお腹に宿った命は憎み切れず、逃げることを決意したそうだ。それからは逃亡の毎日――。  逃亡の中でオレを産み、育ててくれた。  母さんからはオレに対して憎しみを感じたことは一度もない。身籠ってしまった経緯や父親なんて関係なく、本当に自分の子どもとして愛してくれていたのだろう。怖いと感じることもあったけれど、普段は優しく愛情深い人だった。大好きな母さん――。  なぜオレが母さんの身に起こったことを見てきたかのように詳しく知っているかというと、母さんがきちんと説明してくれたからだ。とても勇気のいることだったと思う。それでも話したのは城戸という存在を『悪』として認識させる為だったのだろう。  でも当時のオレは幼かったから母さんの言うことの意味を半分も理解できていなかった。ただ父親である城戸 泰明という男には関わってはいけない、ということだけは強く感じていた。  そのはずだったのに母さんが亡くなって、どこから嗅ぎ付けたのか城戸の部下がオレの元にやってきて、オレは大した抵抗もすることなく城戸家へと連れられていった。  オレはその時まだ十歳やそこらで何も分かっていなかった。  母さんからは城戸には見つかってはいけない、もしも見つかったら逃げなさいとあれほど言われていたのに。  つらかったはずの逃亡生活も母さんと一緒だったから、そんなにはつらくなかったんだ。「ごめんね」って泣いて謝る母さんを見るのがつらかっただけ。  でもひとりぼっちになって、初めて感じる孤独はオレの心を弱らせた。血の繋がった父親に夢をみてしまったのだ。  今まですまなかったと謝ってくれて、愛しているよと抱きしめてくれると思っていた。もうなにかに怯えて逃げることも、寒い夜をひとりで過ごすこともないと期待してしまった。最悪なことにすべての元凶に対して――。  ――けれど、オレは一度も父親に会うことなく使用人が使う部屋に押し込まれ、飼われた。ホント、人間なのに飼われたって表現がぴったりだと思った。  ああ、違うな。同じ飼われるにしてもまだペットや家畜の方が愛情をもらえていたと思うから、オレは城戸にとって――なんだったのか。  そんな疑問を抱きつつ誰にも訊ねることなんてできなかった。  ただ日々に流されるだけの生活の中、世間(てい)からか学校へは通わせてもらっていて、それだけでも充分なんじゃないかって思い始めていたころ、まだ飼われている方がマシだったと思うことになる。  オレは十四歳だった。  オレの二次性がΩだと分かって使用人部屋から離れ(・・)へと移されたのだ。  そこは鍵のかかる陽も当たらない四畳半ほどの部屋で、ぺちゃんこの布団がひと組敷かれているだけだった。  それを見た瞬間、これから本当の監禁(・・)生活が始まるのだと分かった。こんなところに閉じ込められて、誰に会うでもないのに首には大袈裟なくらいのネックガードまで填められて、心まで縛られた。  折角通えていた学校もΩだと分かって以降実際に通うことはなく、なにをどうやったのかオレが卒業するはずだった年の三月、卒業証明書だけがオレの元に届けられた。こんな紙切れにどんな意味があるのか分からなかったけれど、捨てることはしなかった。  食べるものは日に一度か二度、育ち盛りには少なすぎる量だ。お陰で背もあまり伸びず痩せっぽちのままだ。  ご飯を運んでくる使用人には散々ひどい言葉を浴びせられたし、躾けと称して理不尽な暴力も受けた。ただ性的な暴力は城戸から厳しく言いつけられていたのか一切なかったのは助かったけれど、多分Ωであるオレをどこかに売るつもりだったから商品価値を下げない為にだと思うから、感謝する気持ちにはなれなかった。  そして痩せっぽちのボロボロじゃあいっしょだろってバカにしたように笑うことでなんとか自分を保っていた。  離れに移された当初、突然の変化に状況は分かっていても理解したくはなくて、暴力を振るう使用人に「父さんに言ったらクビになるぞっ」て言ったら鼻で笑われ、言われた。「大事にしてたらなんでこんな部屋に監禁されてるんだ? お前は旦那様にとってただの道具だよ。まぁαだったら大事にしてもらえたかもしれないけどな」って――。  今もそれが心に棘のように刺さったままでいる。  αならよくてΩだとダメな理由って何――? *****  それからも何年経っても城戸は一度も僕の前に姿を現すことはなかった。  こんな風に縛るくらいなら自分を放っておいて欲しかった。  なぜオレは母さんの言いつけを守らなかったのか。  城戸を恨み、自分を責める毎日だった。  そしていつも……いつも思い出していた。あの時の、雪だるまだと揶揄われて泣きそうな顔をしていた男の子――雪夜のことを。  雪夜もオレみたいに泣いていないといいなって。  雪夜は笑ってるといいなって。  もし、もしもこの先会うことがあったら――今度はオレを抱きしめてくれる?  こんなオレでもまだ好きだって言ってくれる?  オレのことを愛してくれる? オレもきっと雪夜を抱きしめるから。  護って欲しい、とは言わない。ただ傍にいてオレを抱きしめて――?  それがオレの願い。  雪夜、会いたいよ――――。
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