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5 手、繋いで連れ出して ①
もだもだと煮え切らない想いを抱えながらも表面上はなにもないまま月日は更に流れ、夏希がうちにきて半年が過ぎようとしていた。
最初のころに比べると夏希との関係もそれなりに構築できてきたし、そろそろ外に連れ出してみてもいいのかもしれない。
夏希の世界を広げる為にもこの狭い『離れ』で完結させてはいけないのだ。それはきっとΩ専用の避難部屋に閉じ込めてしまうことと同じだと思うから。
広い世界に出て色々な物を見て、触れて、感じて欲しい。
世の中にはつらいことばかりじゃないって知って欲しい。
そしていつか夏希が心から笑ってくれたなら……。
それが僕に向けられたものでなくてもいい。ただ夏希が笑ってくれたらそれでいいと思うんだ。
それがあの子を想う僕の、グレイゾーンな心からの願い――。
*****
日曜日、父さんにきちんと許可をもらい夏希とふたりで買い物にでかけることにした。
迷子予防と危険から護るという意味を込めて僕は夏希と手を繋いだ。夏希の方も久しぶりの外出が不安だったのか、大人しく僕の手を握ってくれた。
なんだかデートみたいだなってにやけそうになって、すぐにその考えを打ち消した。
何度も何度も夏希への想いを否定しているのに、少しのことに浮かれてしまう。
そして気づくんだ。夏希の心の傷に。
僕の手を握る夏希の手は必要以上に力がこめられていて、氷のように冷たい。夏希にとってこの外出がひどく勇気のいることなのに、浮かれてしまっていた自分を恥じた。
僕は気持ちを切り替えて、努めて明るく、目につく物を片っ端からあれがどうした、これはこうなんだと声をかけ続けた。
外には楽しいことがいっぱいあるんだよ。顔を上げて見てごらんって想いを込めて。
そうすることではじめは俯いたままの夏希だったけれど顔を上げ、きょろきょろと周囲に目を向け始めた。そして気になるものを見つけては駆け寄っていくようになった。そのころには夏希の手はもう冷たくはなかった。
それはまるで小さな子どものような振る舞いだけど、手はしっかりと繋いだままで、繋いだ手からも夏希の『楽しい』という想いが伝わってくる。物理的に振り回されながらも僕の口角は自然と上がっていた。
中にはソレが気になるの? っていうようなものにまで興味を示していたのには驚いたけれど、いい傾向だと思う。
夏希が過去どういう境遇にあったのかは、今も詳しくは知らない。正直気にならないわけじゃないけれど、知らないままでもいいのだと思う。
今、夏希は色々なものに興味を持ち、楽しそうにしている。これからもっともっとそういうことが増えていくんだと思う。嫌なことは楽しいことで全部塗り変えてしまえたらいい。
それでいい。その助けをできたら、僕はそれでいい。
このまま楽しいことだけで終わると思われた外出は、外出なんてしなければよかったと後悔することになるなんて、そのときの僕には気づけるはずもなかった――。
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