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7 ヒート、熱く切ない ※R-18少しだけ @夏希
雪夜とふたりで離れに暮らし始めて半年が経った。あれ以来雪夜の口から好きな人について聞いたことはないし、影もない。だけどその存在はいつもオレの心に棘のように刺さっている。沢山の棘の中でも一番大きな棘。
相変わらず雪夜はオレのことに気づいてはくれないけれど、今のオレと仲良くなりたいと思ってくれているのは分かった。
オレの興味のあるものを探してくれたり、勉強がしたいと言えばとことん付き合ってくれたりした。
雪夜から外に出てみないかって言われたときは正直不安しかなかったけれど、手を繋いだ瞬間喜びに変わった。
オレだって監禁される前は学校にだって通っていたし、外のことは知っていた。だけど雪夜と一緒は初めてで、繋いだ手も嬉しくてまるでデートみたいってひとりで浮かれちゃって、すぐに恥ずかしくなって俯いてしまった。
雪夜に促されて見た世界はキラキラと輝いていて、知っていたはずの世界が違って見えた。なにもかもが嬉しくて楽しくて、ずっと続けばいいのにって思ってた。
――だけど、山瀬……? という人の登場でオレは現実に引き戻されてしまった。そうだ、オレは卑しいΩなんだ――。
雪夜はオレに申し訳なく思っているみたいだけど、雪夜とのデートまで否定して欲しくはなかった。だから雪夜の口から謝罪や否定的な言葉を言われないように、オレはなにも言わないことにした。誰がなんて言おうとオレにとっては宝物だから、大事に大事に仕舞っておくんだ。
オレは雪夜に求められたい。雪夜がαでオレがΩだからというよりも単純に好きだから。
だけど、いくら優しくしてくれても求めてはくれないことは分かっている。
それでも嬉しいと思ってしまうのだ。雪夜がオレの為にしてくれた小さなことも全部ぜんぶが嬉しくて、幸せで、幸せで――泣きたくなる。
でもこの気持ちを気づかれたら終わる。雪夜には好きな子がいるから。
だからオレは時々雪夜を睨むんだ。睨むのは好きの裏返し。
好き、好きだよ。だから好きじゃないって、嫌いって睨みつける。
そうしたらずっと一緒にいられるんでしょう?
*****
オレは今、雪夜に見守られながら初めての料理、ホットケーキを作っている。
最近雪夜が三度の食事を作ってくれるようになって、少しだけどオレの中でなにかが変わってきたように思う。それが雪夜にも分かるのか、次はオレにも作ってみないかと言われた。冗談みたいに軽い調子だったけれど、これも興味があること探しの一環だってことはすぐに分かった。
雪夜はいつも無理強いしたりはせずに段階を踏んでくれる。勉強だっていきなり難しいところではなく、中学の復習から始めてくれた。自分の勉強もあって大変だったろうに嫌な顔ひとつ見せない、雪夜のそんな優しさがありがたく、嬉しかった。
でも実はオレは料理をすること自体にさほど興味はない。少しだけ味が分かるようになった今でも食事なんて食べられればなんでもいいとさえ思ってしまう。
そうじゃないと生きてこられなかったから。カビが生えていても変な匂いがしたって、食べなきゃ。
ここで出される物は、多分ぜんぶが美味しいのだと思う。
でもオレには味が――よく分からなかった。
だけど以前雪夜が「初めて作ったんだ」って言って食べさせてくれたホットケーキ。それは雪だるまを模していてあのころの雪夜のようで、――胸がいっぱいになった。
オレの大好きな雪だるま。
食べるのがもったいなかったけれど、雪夜に促されて食べた。
ひと口食べて、甘い味が口の中いっぱいに広がった気がした。
久しぶりに感じる『味』にオレは夢中でホットケーキを食べた。
それからも出される食事の味はよく分からなかったけれど、雪夜が作ってくれるようになって段々味が分かるようになっていった。不恰好で形もまちまちで、甘すぎたり辛すぎたり、時には不思議な味の物もあった。でもそれがオレの心を、舌を刺激するんだ。
これがオレの好きな味で、これが嫌いな味。
まるで宝探しみたいで楽しくて、嬉しくて。
今回オレはただのホットケーキじゃなく雪夜が作ってくれた雪だるまを作るつもりだ。それを見て雪夜はなんて思うかな? なにも思わない? もしかしたらオレがあの時の子だって気づいてくれたりして?
ふふって小さく笑って、気づいてくれてもくれなくてもいいやって思う。
オレが作った雪だるまを美味しいって笑ってくれたら、雪夜の笑顔を見れるだけで――
幸せ。
大好き。雪夜だけ好き。雪夜がオレに優しくしてくれるのは同情や家族愛的なものだとちゃんと分かってるから――、大丈夫だから。
だから……自由だってなんだって、他のなにを奪われたとしても……この想いだけは奪わないで――。
慎重にゆっくりと生地を油をひいたフライパンへと流し込んで、焦がしてしまわないように横から覗き込むようにして火加減を見る。
すぐに甘い匂いが広がって、
――自分の身体の異変にも気がついた。
身体の奥からぞわぞわするような何かが湧き出てきて――全身が熱をもち、燃えるように熱くなる。
背後に気配を感じて、すぐに抱きしめられてガチガチとネックガードを噛む音がした。
見なくても分かる、雪夜が噛んでいるのだ。恐怖なんてひとつもない、オレはそれを嬉しいと思ってしまっている。全身が歓喜に震えた。
――嬉しい! 噛んで! 雪夜の好きな人なんて知らないっ! オレを噛んで雪夜のものにしてよっ!
って思うけど……違う。ダメだ。ダメなのだ。
雪夜には好きな人がいる。なのにこんなヒートを利用してオレを噛ませるなんてことしてはいけない。
好き、だからダメ。
熱くなっていく身体とは反対に頭はどんどん冷えていく気がした。それでも飛びそうな理性を必死に繋ぎ止めて雪夜を全力で突き飛ばし、急いで火を止めた。
焦げた匂いにあーあって思うけど、今は嘆いている暇はない。力の抜けていく身体を引きずるようにして教えられていたΩ用の避難部屋へと駆け込み、震える手で鍵を閉める。
そのまま崩れ落ちるようにペタリと床に座り込んだ。
それが刺激になったのかこぽりと溢れる愛液に、どうしようもなく虚しさを感じながら壁を隔てただけの近くて遠い距離にいる愛しい人を想って自らの手で自身を慰める。
「ふ……っ、あっ、あぁ……っ、ゅき……やぁ……っ」
大好き、大好きだよ。オレの雪夜――。
Ωだと分かった後も発情期はきたことがなかった。
栄養状態によるものか、はたまた精神的なものか、どちらにしろ発情期がこないことはありがたいと思っていた。
あの家にいたときにもしも発情期がきていたらもっと適当なところに売られていたかもしれない。間違って母さんと同じ道を辿っていたかもしれない。
発情期がきていなかったからゆっくりじっくり一番お金を出してくれそうな人を探してここに売られたのだと思う。
前だけでは足らなくて後ろに自分の指を入れ、乱暴にかき混ぜながら思う。
初めてなのに足らない。
「んぁ……、あっ、あっ……あ」
あの家から出て大好きな雪夜の傍にいてもやっぱり発情期なんてこなければよかったのに、と思う。
いくら寂しいとここが疼こうが、雪夜は満たしてはくれないのだから――。
顔をぐちゃぐちゃに濡らす涙は快楽によるものか、悲しくてなのか――もうなにもかもが分からなくなっていった。
ただ自身を慰めることだけに夢中になってひたすら指を動かすけど足らなくて、もどかしさに腰を揺らしながら果てることのない欲を吐き出し続けた。
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